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中国のインターネット規制について(まとめ)
Google検索サイトの香港お引越しで、中国のネット規制や言論統制への世界的な関心が高まりました。
けれども、私にしてみれば(いや中国の大多数のネットユーザーにしてみれば)、Googleの検索ページが香港にリダイレィクトされようが、中国大陸からアクセスできなくなろうが、中国からインターネットにアクセスできる不自由度はさほど変わりません。
中国当局にとって都合の悪いサイトは、中国大陸からアクセスできないままなのですから。仮にGoogleや百度(BAIDU)などの検索結果が"自主規制"無く、該当するあらゆるウエブサイトのリンクと要点が表示されたとしても、リンク先のウェブサイトにはアクセスできません。中国当局がちょいと細工をしてさえしまえば、天安門事件やチベットやウイグルに関するウェブだけではなく、どんなウェブサイトにもアクセスできなくなるのですから。
Google撤退の話題で中国のネット規制が注目されたことは評価に値しますが、Googleやドメイン代行会社であるGodaddyが自社の宣伝のために正義を振り回している様は感心できませんし、米中間の政治問題に発展させる目論見が中国政府の壺にハマってしまうことになり兼ねない、と危惧しています。そして何よりも、"万里の長城"は外側からだけでは崩れないのです。外圧により城内の結束をより強くする、ネット規制はそうした効果をも狙っているのです。

Googleに関するニュースが象徴的ながら解決策に関して抽象的でいるうちに、いまも中国ではさまざまな方法でネット規制を強化しています。その中でも、いま危惧されるのが「実名登録制度」です。個人サイトの開設や運営はもちろんのこと、ブログ、SNS、チャット、更にはC2Cサイトへの出店や、BBSに書き込む時にも、実名で登録させようという魂胆です。張さんや王さんが何千万人も存在する中国でいうところの「実名」とは、人民一人一人配布されている身分証明書の記載事項や本人の顔写真、派出所などに登録されている現住所の情報などを一致させることです。インターネットにおける匿名性をすべて奪ってしまおうというお話しです。
確かに有害サイトや詐欺行為などを追放するために「実名登録制度」は有効かもしれません。日本でも5年ほど前に総務省がネットの実名利用の促進を呼びかけたことがありました。けれでも中国当局の意図が、有害サイトや詐欺行為の追放だけにあるのではないことは明らかでしょう。「実名登録制度」が発言や表現の自由を奪うことが明確であるにも関わらず、中国当局は有害サイト撲滅のためとか詐欺行為防止のためとか言って、ネット規制を強めているのです。

私は1997年から北京に在住し中国でインターネットを利用してきました。2006年に帰国してからは、中国のインターネットそのものが食い糧となってしまいました。2004年から始めたブログを読み返してみると、その当時のインターネット規制に関する話題をかなり書いていましたので、これまでの経緯を振り返る意味で以下にまとめてみます。

98年のインターネット。2006-05-11
1997年の中国のネットユーザーは62万人でした(09年末には3.8億人に達したと発表されています)。しかも国外アクセスできない接続プロバイダーが主流でした。

『中国で趙氏死去報道規制…NHKニュースぷっつん!?』 by 夕刊フジ だって!!2005-01-17
頻発するNHKプレミアムのブラックアウト。操る人をイメージしつつ...2005-03-16
中国当局に都合が悪い情報を遮断してしまう、と言う行為は、テレビや新聞・雑誌から始まっているに相違ないでしょう。

エキサイト・ブログがアク禁に!?2005-05-08
このブログ、中国から見れなくなっています....2005-05-09
ちょっと"愛人"のところに、お世話になることにします....2005-05-31
中国当局が不適切と判断したウェブサイトがアクセスできなくなることは、中国在住者にとって周知の事実でした。天安門事件、法倫功、チベット事件に関するサイトは見ることができません。これは内部関係者の中では「ゴールデンシールド・プロジェクト(金盾工程)」、国外では「グレート・ファイヤーウォール」と呼ばれる、リンク先の検閲とアクセス・ユーザーのネット内行動分析、そしてアクセスの制限を一挙に行なう画期的なシステムが機能しているためで、このシステムの開発にはアメリカの著名企業が関与していると言われています。
2005年4月~5月、中国では反日デモがあり一部暴徒が日本関連施設を襲うという事件がありました。北京での状況を目の当たりにした私は、エキサイト・ブログに写真入りでエントリーし、多くの方に読んでいただきました。このことと関係してかどうか不明ですが、その直後から、エキサイト・ブログが中国からアクセスできなくなってしまいました。エキサイト・ブログをはじめ、geocities.co.jpやSeesaaはいまでも中国からアクセスできないままです。中国当局を刺激するような報道は、それが英語や日本語の内容であっても、中国からアクセスできない現象も頻繁に発生しています。

中国のテレビ生中継(直播)はほとんど"生"じゃないでしょ...2005-06-28
何が起きるかわからないテレビの生中継は、中国では5~15秒遅れて放送されます。大切な指導者に生卵が投げ込まれるようなシーンは慌ててカットしなければなりません。ワールドカップのようなスポーツ中継ですら心配しています。

ネット規制の政策には、対策もあります。2006-02-21
隠されてしまったものは何としてでも見てみたい、というのがヒトの心情。中国のネットユーザーも簡単に諦めたりしません。情報リテラシーの高い人たちを中心に多くのネットユーザーが、実は中国当局の規制を掻い潜っています。

中国MSNログイン障害の原因は....?2006-05-13
中国ではインスタントメッセンジャーによるチャットがEメールよりも頻繁に利用されています。QQのシェアがダントツですが、MSNをビジネスで利用する人たちも多くいます。そうした中で、MSNが利用できなくなりました。これも中国当局の仕業かと勘繰りましたが、十中八九MSN側のテクニカルな問題だったようです。

Googleも繋がりにくい状態なのに、「中国政府はネット統制してません」と吹いた劉建超さん。2006-06-06
中国当局のネット統制について問いただした外国人記者に「一部の方は中国政府がネットを統制していると指摘していますが、事実とは合致していないのです。」と答える外交部報道官。
ちなみに、Googleは中国の法律と規則を守り、"自主規制"も行なうとの文書を当局に提出し、この年(2006年)1月25日に中国で正式にサービス・インしました。

国境は無視する性格のインターネットなのに。日本メディアと中国当局の意識差!?2006-06-16
インターネットに国境は無いと思っていましたが、日本のメディアも中国の政策を先読みする解釈で国境を設定してしまっていると思えたお話。この頃は中国からもYouTubeがアクセスできて、エア系のネタなど面白いビデオクリップが中国からも随分アップされていました。

[中国ネット管理強化]「新浪網」「捜狐」、仲良く検索システムを"アップグレード"中!?2006-06-20
中国の検索エンジンとしては百度(BAIDU)が有名ですが、ポータルサイト「捜狐」もSoGuoという独自の検索エンジンを公開しています。当時は「新浪網」もiASKを公開していたのですが、二つとも"アップデート"のため機能しなかったのです。もちろん中国当局のリクエストにお応えして"自主検閲"を強化するためのアップデートだったのです。

【告知】ネット検閲に反対する24時間オンライン・デモンストレーション実施中!2006-11-08
国境なき記者団」(RSF)がインターネットへの自由なアクセスを支援する24時間キャンペーンを行ないました。「インターネットの敵」として挙げられた国家は、中国や北朝鮮など13カ国。

権力によるYouTube遮断にもいくつかのスタイルが....。2007-04-06
この頃はまだ、YouTubeが完全遮断ではありませんでした。中国当局に不都合なビデオだけアクセスできない状態にしたのです。例えば、越境亡命を試みるチベット人の銃撃ニュース映像などは中国から視ることができませんでした。まだ、さりげなかったのです。

ネット統制のいたちごっこ。中国当局、こんどはRSSフィードをブロック!?2007-10-06
それまでは中国当局にブロックされた国外のニュースを特殊なRSSリーダーで閲読していた中国人が多くいました。これじゃまずい、ということで、"不適切"な情報のRSSフィード自体を特定しブロックするという試みも行なわれたのです。

ダライ・ラマ14世がブッシュに会うと、中国ではBaidu(百度)以外の検索サイトが使えなくなる!?2007-10-20
Yahoo!やGoogleで検索しようと思っても、自動的に百度(BAIDU)の検索サイトに誘導(リダイレクト)されてしまうという恐ろしい事件もありました。TechCrunchの記者さんの論評(政治的問題よりは経済的な問題だ)は新鮮ですね。私は未だにGoogleを疑っています。

中国ネット規制:『豚がみんな笑った』にコメントが書き込めませんでした...2007-10-21
中国ではBBSへの書き込みなどもモニターされ、"不適切な"コメントは削除されてしまいます。NGワードを含むコメントは自動的に書き込み拒否されたりするのですが、それでは"不都合"が生じるので最近は人的モニター手作業削除が主流となっているようです。

中国が動画サイトの規制強化を発表、中国版Youtubeは消えてしまうか!?2007-12-31
YouTubeへのアクセスが不安定になるいっぽうで、勃興する中国版YouTubeに中国当局はいろいろと難癖をつけ始めます。
この頃はインターネット規制をめぐる関係部門の"権力闘争"が激しくなります。元来インターネットは情報産業部(現在は工業と情報化部に改組)の管轄でした。ところが、既存映像系メディアを取り仕切る広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)や、新聞雑誌など出版物を取り仕切る新聞出版総局、更にエンタテイメント・コンテンツを取り仕切る文化部などがちょっかいをかけてきました。規制すなわち利権になるので、利権争いだと思っています。

中国で上映禁止になった映画『苹果』と動画サイト規制とCGMとの関係。2008-01-14
映画を監視する広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)が動画サイトをも支配下に置こうと考えたのでしょう。いまでは動画コンテンツをネット上で公開するには、動画コンテンツ制作ライセンスが必要とされています。一般人が撮ったムービー作品も厳密には規制の対象となりかねません。中国ではCGMも崩壊の危機です。

入り餃子への対応も動画サイト規制も経済論理優先で!?2008-02-01
中国メディアとしては政権に批判的な論調が多かった南方周末という新聞は、動画サイト規制を言論規制としてではなく「物権法」(財産や市場競争を保証する法律)に反したものとして批判しました。本音かどうかは別として、この頃はまだ中国当局によるネット規制を批判する論調がニュースサイトなどに掲載されていましたし、私としても中国当局の利権争いか内輪揉めの様相を感じていて、幾分楽観的な展望を持っていたと思います。

中国版YouTube「土豆網」丸一日"自主閉鎖"。2008-03-24
楽観的な展望があったさなか、当時最大の利用者数を誇っていた「土豆網」が3月14日に丸一日"自主閉鎖"に追い込まれます。
中国当局はワイセツ動画を理由にしますが、このころチベット情勢が緊迫していました。外国メディアによる関連ニュース映像が「土豆網」などの中国版YouTubeにどんどんアップロードされました。サイト運営側は中国当局の逆鱗に触れまいと、"自主検閲"でせっせと危ない動画を削除してたのですが、追いつかなかったのでしょうね、きっと。
YouTubeへのアクセスが全面的にできなくなったのも、この頃です。

中国インターネットの"表向き"の公序良俗2009-01-09
厳しさを増すネット規制。中国当局の意図が言論統制であることが明らかになっているのに、表向きは公序良俗や消費者保護のためと宣伝します。
09年夏のウイグル人と漢民族との諍いの拡大がTwitterにあると考えた中国当局は、Twitterやfacebookなどコントロールの効かない外国発のソーシャル系サイトをシャットダウンしてしまいます。
それどころか、新疆ウイグル自治区の大部分でインターネットの利用そのものができなくなり、ケータイのショートメールまで制限されたのです。誰もエロサイト追放のためだとは信じないでしょう。

Googleのビジネス・センスと中国国内向けインターネット規制強化2010-01-27
「実名登録制度」は.cnドメインの取得から始まりました。そして、Google騒動。前述のとおり、Googleの"勇気"は一時的に中国のネット規制に注目を注がせることには成功したかも知れませんし、Googleの名声は上がったかもしれませんが、中国本土のインターネット利用者にとってはさして意味も無いことだったと思います。むしろ、外国からの批判に曝されることで中国当局を硬化させ、中国の少なからぬ人たちの愛国心をも刺激する結果を招いているのではないでしょうか。

共産党政権に限らず、中国、中国の人たちに、自分たちの主張を押し付けようとするのは、必ずしも賢い対応では無いのではないか、と私は思っています。もちろん、中国のネット規制即ち言論統制をこのまま放っておくのは、中国の人たちにとっても、国際社会にとっても、極めて危険です。一時的な話題性に流されてしまわないように、多くの皆さんがウォッチして、中国の人たちの共感を得ながら、内側からも外側からも激しくは無い地道な世論の形成を続けていくことが大切なような気がしています。
# by pandanokuni | 2010-03-26 22:36 | 社会ネタ
Googleのビジネス・センスと中国国内向けインターネット規制強化
Googleの無検閲表示もリンク先にアクセスできなければ無意味

Googleが中国から撤退の検討をしているというニュースは、日本でも大きな話題となりました。Googleが1月12日にブログで発表したコメントは、「今回の攻撃(当社の社内インフラストラクチャーに対する、中国を発生源とするきわめて高度かつ標的を定めた攻撃)と、中国政府が打ち出した監視 ― 加えて、過去数年にわたるウェブ上の言論の自由制限の強化 ― を踏まえ、当社は中国における事業の実現性を再考する必要があるという結論に至った。」と、ハッキングが中国からであることを断定するとともに、その文脈からは幾分唐突気味に、中国政府によるインターネット規制を、事業再考の理由の一つに掲げました。

中国政府によるインターネット規制として、Googleが直接問題としているのは、検索結果表示に対するセンサーシップです。Googleは、天安門事件やチベット、ウイグル問題など、中国政府にとって都合が悪いウェブサイトを検索結果から削除させられており、「現地の規則により、一部の検索結果は表示されていない可能性があります」と表示されています。
ただこのことが、中国国内からのインターネット・ユーザーにとっ不便な規制なのかと考えてみると、実はそうではありません。Googleが中国で検索結果を表示できないウェブサイトのほとんどは、一般的な方法では中国からアクセスできないものなのですから。つまりGoogleが、ガンデンポタン(チベット亡命政府)や世界ウイグル会議のリンクを表示したとしても、中国の一般ユーザーがリンク先のページに辿り着くことはできないのです。

つまり、Googleが中国政府のNGワードの検索結果を表示できたとしても、中国が誇るGreat Fire Wall (不適切な外国サイトを遮断するシステム)が機能する限り、実質的な成果は極めて小さいのです。中国政府のインターネット規制、とりわけ検索結果に対するセンサーシップ(検閲)を事業再考の理由の一つに上げているGoogleを、"Don't be evil (ビジネスで悪さをしない)"精神の発揚だ、などと単純に賞賛する気持ちにはなれません。Googleのビジネスそのものにとって重要な何か(それは何かのソースコードかも知れない....)が損害を受けつつあったから、という推理に共感を覚えてしまうのもそのためです。

インターネット規制の重点が、中国国内に

Googleのような派手なプレイヤーが登場しない地味なところで、中国国外のメディアが十分な監視を怠っているうちに、中国のインターネット規制は着実に完成しつつあります。2009年初から、中国政府は国内のインターネットの「大掃除」に着手しているのです。
まずそれは、「低俗ウェブサイト」の一掃から始まりました。工業と情報化省、公安省、文化省、放送映画総局、新聞出版総局など関連するお役所が、それら政府機関を唯一指導する立場の中国共産党への点数稼ぎで競い合いました。
9月には、放送映画総局のライセンスを取得していない中小の動画共有サイトが一斉に強制閉鎖させられました。12月4日には、映画やドラマやソフトウェアを交換でき、中国では人気を博していたBT(BitTorrent)と呼ばれるP2Pファイル共有サイトもすべて閉鎖されました。12月8日中国共産党とインターネット関連政府機関によるコンファレンス・コールでは、取り締まりの対象をケータイ・サイトにまで広げ、低俗でエッチなコンテンツを2010年5月末までに撲滅することを宣言したのです。

そして12月9日に中国共産党中央宣伝部の御用達番組CCTVの『焦点訪談』が、ドメインの偽名登録による低俗サイトの弊害を取り上げてからは、インターネットの「根っ子」とも言えるネットワークやサーバー(データセンター)、さらには.cnドメインそのものに、取り締まりの矛先が向けられるようになりました。
データセンターは、定められたエビデンス(書類)を準備できないウェブサイト運営者にサーバーを提供した場合、即営業停止処分にさせられます。悪足掻きをすれば、China Mobile、China Telecom、China Unicomの3大通信キャリアが、データセンターとの通信回線を即時遮断します。
さらに.cnドメイン名取得の審査が厳格になり、昨年末までには、登記された企業や団体でなければ.cnドメイン名の取得が実質的には不可能になりました(個人が.cnドメイン名を新規取得することが実質困難になりました)。1月14日には、.cnドメイン名の全取得者に対し、企業や団体であれば営業許可証、個人であれば身分証明書を、1月末日までに提出するよう通告が出されました。

中国の知人の会社が、ドメイン名取得代行のお仕事をしています。1月15日にその会社を訪ねると、てんやわんやの大騒ぎでした。その会社が代行した.cn取得者は30万件で、2週間以内に取得法人や個人の証明書類を取り寄せて、.cnドメイン名を管理するCNNIC(中国インターネット情報センター)に提出しなければならない、とその前日に告げられたのです。
提出が求められているドキュメントは5種類、150万の書類を取り寄せ、内容を確認して、CNNICに再提出しなければ、そのドメインが取り消されてしまいます。しかも、ドメイン名取得者からのPDFやファックスによる提出は不可で、ペーパー・コピーを取り寄せなければなりません。
30万セット150万部の提出書類のチェック要員として、各部門から300人のスタッフを再配置し、隣のオフィスビルを1フロアまるごと臨時で借り上げて、準備に大わらわでした。
提出を求めた政府機関が、こうした費用を負担してくれるわけがありません。ドメイン取得者に負担してもらうわけにもいかず、その会社は費用のすべて負担することに決めたそうです。着払いの送料だけでも300万RMB(約4,000万円)かかるけれども、「こうした時期だからこそ、.cnドメイン取得者の権利を守りたいから。」という知人の脳裏には.cnドメイン名の稀少化をチャンスと捉えるビジネス・マインドがたっぷりあるのでしょうが。

「巨大なパワーが、遂に動き始めたという恐怖を感じる」

中国当局が行ってきた様々な政策と比較するなら、インターネットに対して中国政府は、これまで比較的寛容な態度を取ってきたと思います。
当初はインターネットの過小評価からだったかもしれませんが、今世紀に入ると情報の流通が経済成長にもたらす効果を積極的に捉えるとともに、政体に不安定となる情報が管理可能と考えたのでしょう。外国資本のインターネット関連企業への投資も魅力的ですし、インターネット業界からNASDAQやNYEに上場する企業がたくさん出ることも中国のイメージ向上につながります。この数年、規制は徐々に強化されてきましたが、勝ち馬に乗れとばかりに複数の政府機関が"通行手形"の発行とそれによる利権確保に走ったから、というのが私の見方でした。
例えば2008年、動画投稿サイトにライセンス制が導入された時も、ウェブサイト運営会社はさほど動揺しませんでした。コネを操り、放送映画総局の然るべき人物に辿りつければ、要件が満たされていないサイトであっても、ライセンスを取得する道が残っていたからです。同様に、ICPライセンスを取り仕切る工業と情報化省、オンラインゲームなどのコンテンツを取り仕切る文化省なども、末端での運用に対しては柔軟性がありました。騒乱事件をきっかけにインターネットやSNSから遮断されていた新疆ウイグル族自治区であっても、少なからぬ人たちがインターネットやSNSを享受できていたのです。

ところが昨年9月以降、特に12月に入ってからの規制の厳格化は、これまでのものとは様子が違います。インターネット利権の末端で、きっと甘い汁を吸ってきたと思われるお役人さんも、「今度ばかりはどうにもならない」とウェブサイト運営会社を冷たく引き離す始末です。
中国共産党中央宣伝部が"指導力"を発揮して、所轄の政府機関の意見を無視して、強引に推し進めているようなのです。
工業と情報化省の管轄でありながら、中国科学アカデミーの影響下にもあり、インターネットの縄張り争いでは中立的な立場を通してきた、.cnドメインを管理するCNNIC(中国インターネット情報センター)の告知ページをみると、現場の慌てぶりが良くわかります。
  2009/12/10「ドメイン名登録情報の正確化のための特別措置について」
   ※ドメイン名取得代行業者向けの徹底でした
  2009/12/10「ドメイン名登録手続き違反業者の処分について」
   ※前日のCCTVの番組で告発されたドメイン名取得代行業者の処分を発表
  2009/12/10「ドメイン名登録手続き管理の強化について」
  2009/12/11「ドメイン名登録手続き審査の更なる強化について」
  2009/12/22「不正ドメイン名登録者の通報奨励」
  2009/12/24「ドメイン名登録者にウェブサイト登録のリマインド」
   ※12月15日に工業と情報化省が発表した「ケータイによる児童ポルノ撲滅運動指針」を受けて
  2009/12/28「通報活動の実績報告」
   ※半月で13,175件の不正ドメイン名登録者を検挙
この後も「告知」は続くのですが、中共中央宣伝部からの「まだまだ生温い!!」と言うCNNICへの"指導"の雄叫びが聞こえてきそうです。

中国当局のインターネット規制には当然批判的でありながら、「政策には必ず対策があるから」と楽観的な見方をしていた中国の知人は、「今回は、何だか巨大なパワーが動き始めたという感じで、恐怖を感じる」と話していました。その巨大なパワーとは軍部なのか、改革開放路線への反動なのか、知人にとっては容認できる範囲を越えるような何かかも知れない、と。

中小サイトが駆逐され、巨大メディアの楽園に

中国国内インターネットの取り締まり強化で、10万以上の中小ウェブサイトが閉鎖に追い込まれたと言われます。
中国当局は「著作権を侵害するサイトと児童ポルノなどを含む猥褻サイトの撲滅のため」だと言います。確かに、閉鎖に追い込まれたウェブサイトのほとんどが、そうしたサイトです。現に著作権保護の強化や低俗系コンテンツへの取り締まりは、インターネットだけではなく、ほかのメディアや出版物も対象となっています。中国政府に、知的所有権の保護強化を求め続けてきた他の国々としては、歓迎すべきことかも知れません。
もちろん、こうした規制の強化が、政権側の政治的意図と結びついている、と考える人たちが圧倒的に多いのも事実です。

中小ウェブサイトへの取締りが進む2009年12月28日、中国ネットテレビ(CNTV.cn)が正式にオープンしました。CNTV.cnは中国"国家機構"が用意したインターネット動画コンテンツのプラットフォームです。CCTVをはじめ地方テレビ局の衛星チャネルはもちろん、中国内外の人気ドラマや映画、NBAやF1を含むスポーツなど豊富なコンテンツを、パソコンからはもちろんのこと、ケータイやテレビでも視聴することができます。表には出ていませんが、CNTC.cnは中共中央宣伝部の関与が極めて強いと考えられます。
また、成長中のインターネット企業に中国当局が出資するケースも増えています。
各種ライセンスの取得困難、手続きの煩雑さ、コンテンツ管理の厳格化など、中国でインターネットのウェブサイトを運営してためには、政府機関との"良好な関係"はもちろんのこと、資金面などの企業としての体力が一層重要にになってきました。中小のウェブサイトが生き残れなくなるばかりか、一人二人で始めたベンチャーが大成功をおさめるというチャイナ・ドリームをうむ環境すら無くなりつつあります。

Yahoo! Japanがほぼ独り勝ちと言える日本とは異なり、中国のインターネット・メディアは実に多様でした。総合ポータルサイトですら、常に上位3~4社が競り合ってきました。動画共有やオンラインゲームなどエンタテインメント系になると更にたくさんのウェブサイトがしのぎを削ってきたのです。
国内向けインターネットの規制は、インターネット・メディアの寡占化を推し進める結果につながるでしょう。ショッピングモールにおける淘宝網(TAOBAO)のように、各サービス・テリトリーで巨大プレイヤーの一人勝ちする未来が待ち受けているかも知れません。
Googleの中国事業における主たる収入源は、AdwardとAdsenseでした。中小のウェブサイトが広告主にもなり、広告メディアにもなる、いわゆるロングテール・モデルです。ウェブサイトの開設や運営が規制され、巨大メディアの寡占が進めば、そのビジネス・ターゲットは激減してしまいます。

Googleがそうした未来を見立てて、中国から手を引こうとしているのだとすれば、そのビジネス・センスをどう評価したら良いのでしょうか。
# by pandanokuni | 2010-01-27 17:12 | 経済ネタ
国営通信社・新華社が選んだ2009年中国を象徴する26のキーワード
1.『60周年』
中華人民共和国の建国60周年。


2.『大阅兵』
10月1日の建国記念日に北京のメインストリートで行われた軍事パレードと閲兵式。

3.『保八』
経済成長率8%の堅持。


4.『索马里护航』
商船等護衛のため、人民解放軍のソマリア沖派兵。


5.『气候变化』
気候変化。

CO2排出量に関して、中国はある時点との排出総量比較と言う考え方を持っていません。GDP単位あたりの排出率を現状より40~50%削減していく、と表明しています。

6.『低碳』
低炭素社会。

このあたりまでは、やはり国営通信社が選んだだけあって、マユツバものと言うか、おもしろみが無いですね。

7.『血铅超标』
一部地区の乳幼児の血液中から、基準値を超える鉛が検出された問題。

陝西省、河南省、湖南省、雲南省などで次々に発覚。工場周辺で発生しているので、たぶんその排気や排液が原因なのでしょう。

8.『校长推荐制』
校長推薦制度。

名門・北京大学では2010年の入学選抜に、高校の校長による推薦制度を導入することにしました。これは加熱する入試改革の一環と言われますが、人知主義中国だけにさまざまな心配も取り沙汰されています。

9.『躲猫猫』
猫隠し(かくれんぼ)。

「猫隠し」はかくれんぼと鬼ごっこをミックスしたような中国の子ども遊びです。雲南省昆明市で微罪により逮捕された青年が、拘留中に拘置所で亡くなったのですが、警察は原因を「かくれんぼ」によると発表しました。警察発表に不信を抱いたネットユーザーにより、真相究明運動が展開されました。結果、看守や警察官による暴力沙汰があったことが暴かれ、関係者が処分されました。

10.『钓鱼执法』
囮捜査。

慢性的なタクシー不足の上海では、白タクが市民の足になっています。警察はその取り締まりに囮捜査を導入。客として乗せたつもりが、目的地に着くや否や大勢の警察に取り囲まれ、タイホ!ただし、白タクの中にはお金儲けというより、帰りの足が無くなって困っている市民を見かねて善意で乗せてあげているようなケースもあって、こうした囮捜査には非難が集中。自分の指を切断して抗議する青年まで出現し、インターネットで話題になりました。

11.『欺实码』
速度偽装 / 70ヤード
。(中国語では同音)
杭州市で実力者の息子が死亡事故の加害者となった際、地元警察は加害車両の走行速度を70ヤード/秒でスピード違反や酒気帯び運転では無かったと発表しました。しかし目撃証言などから警察発表の信憑性がまたしてもインターネットで追求され、警察は誤りを認め謝罪することになりました。ま、誤りと言うよりは、加害者に過失が無かったように実力者が警察に圧力をかけたか賄賂を渡した、と言うことは明白ですが。

12.『严打酒驾』
飲酒運転取り締まり強化。

悪質な場合は死刑を適用。

13.『同命同价』
人の命は同じ値段。

都市部と農村部との間にある、死亡賠償金の格差を是正していこうとする動き。

14.『户籍制度破冰』
戸籍制度雪解け。

中国の戸籍は農民と都市生活者を厳格に区別する制度でした。農民を土地に引き止めておくため、都市部に永住できないルールだったのです。ところが、最近では上海市が一定の条件を満たした農村からの移住者に上海市の戸籍を与えるようになったり、北京市でも農村部からの出稼ぎ労働者などに与えられる臨時居住証が戸籍に近い機能を果たすようになっています。これは現状の追認でもありますが、都市部に農民を受け入れるだけの余裕ができているからでしょう。

15.『文化产业』
文化産業。

中国当局が重点産業に定めました。アニメとかゲームなども含まれます。言論や表現を取り締まるお役所だった文化部(文科省)がビジネスに本気で目覚めてしまった、と言う感じの困った現象が最近良く発生しています。

16.『蜗居』
カタツムリの家(狭苦しい我が家)。

中国の人気女流作家・六六による同名の長編小説がテレビドラマ化され11月に放映され話題となっています。住宅価格が高騰する上海で、10平米ほどのアパートで新婚生活を始めた夫婦の物語。大胆で卑猥な科白が多く、北京では部分的に停波したらしいと言う情報もあります。

17.『地王』
最高値の土地。

土地成金のことではなく、その地域で平米あたりの取引額が最も高い土地のことを言うようです。

18.『六连号』
六連番。

住宅バブルの中国では、地方政府が供給する格安マンション「経済適用住宅」が大人気で、当然のことながら抽選販売になります。当選確率は1,000倍を超えることもあるとか。武漢市が供給する経済適用住宅の抽選会で奇妙な事象が起こったことを、またしてもネットユーザーが指摘。何故か6つの抽選番号が連番で当選していたのです。この住宅の申込者は5,136件で当選は124戸分、6つ連番で当選する確率の計算をするサイトまで開設されたりして(どうも何億分の1と言う説と何百分の1と言う説があるようです)盛り上がりました。要はお役人が不正していたわけで、ネットがそれを暴いたと言うお話です。

19.『楼XX』
XX物件。

不動産バブルの中国で、いわく付きの怪しげ物件を言うようです。「楼停停」は建築認可などの問題で工事がストップしてしまった物件、「楼断断」は内部構造がひび割れだらけの物件、「楼歪歪」は歪みがあったり傾いたりしている物件、「楼脆脆」が工事中に倒壊してしまった物件、「楼高高」は高さ制限のため、例えば認可は12階建てなのに兵平気で20階の部屋まで販売しているような物件。中国語だとかわいい感じの女の子の名前のような発音だったりします。

20.『大学生就业』
大学生の就職。

09年の大学卒業生は611万人もいたそうですが、7月時点の就職率は68%で、世界金融危機を影響を受けてないと発表されました。もうも数字にごまかしがあったようで、あとで出てくる「被就业」の学生がたくさんいたようです。

21.『油价』
ガソリン価格。

原油価格や世界経済の不安定と、マイカー激増に伴なう需要増のため、ガソリン価格は先高感の強い乱高下。

22.『甲流』
新型インフルエンザ。

甲はAの意味なので、元来はA型インフルエンザを意味し、新型(いわゆる豚系)は当初H1N1と呼ばれていました。ちなみに、私が勤務先の全世界の事業所で最も最初に新型インフルエンザが集団発生したのは上海の現地法人でした。6月下旬のことです....。

23.『被XX』
XXさせられる。

中国語では「被」を動詞の前につけると受動態になりますが、本来の文法破りで名詞の前「被」をつけて、「自分の意思に関わらずいつの間にかそうなった」、と言うような意味にする使い方がネットから流行しました。例えば、就職率を高めるため書類上で就職させられたことになったことを「被就业(被就職)」、自発的ではいのに寄付金を出させられてしまったことを「被自愿(被ボランティア)」などと使う。感覚的には日本で流行った「友愛される」に近く、権力側に無理やりXXされる、と言うニュアンスを含んでいるように思えます。

24.『偷菜』
野菜を盗む。

mixiが提供するアプリ(ソーシャル・ゲーム)『サンシャイン牧場』のルーツは中国にあります(たぶん)。開発を中国で行っているから、と言うのではなく、中国で大ブレイクの兆しにあった『开心农场(楽しい農場)』の焼き直し(悪く言えばバクリ)と考えられるからです。このソーシャル・ミニゲームは2008年にサービスインし、中国のSNS"開心網"などを通じて爆発的に広がりました。「野菜を盗む」のはこのゲームのアクションの一つで、ネット上では「野菜盗んだ?」があいさつ代わりになりました。

25.『网瘾训练营』
ネット依存症治療施設。

中国では1,600万人の青少年がインターネット依存症に罹っていて、内400万人は重症と言われています。こうした人達を治療するための訓練施設(塾)もビジネスになっていて盛況ですが、スパルタ式教育や隔離など行き過ぎた療法により死者が出るなど、社会問題化しています。

26.『刘翔复出』
劉翔復活。

中国人民の期待を一身に背負っておきながら、08年の北京オリンピックを途中棄権したハードル選手・劉翔が上海で開かれた国際大会で優勝し、自らの復活を宣言しました。

2009年のトレンドとしては、クルマ社会化、不動産バブル・住宅の高騰、ネットによる腐敗小役人の告発と言う感じでしょうか。
# by pandanokuni | 2009-12-18 18:34 | 社会ネタ
CCTVのCM枠オークション結果から、2010年の中国経済を占ってみる。
中国中央テレビ(CCTV)の2010年のゴールデンタイムCM枠のオークションが11月18日の行われました。来年の中国経済を占うものとして、その結果を概観してみます。
CCTVは原則として中国全土をカバーしています。富裕層の多い都市部を中心にテレビ広告を行うのであれば、北京や上海などの地方テレビ局で行ったほうが効率的になります。CCTVで、特にゴールデンタイムで広告を行うことは、内陸や農村部まで含めてカバーすることになりますから、富裕層だけではなくテレビを視ることもできない、いわゆる貧困層を除く中国の大多数の消費者に向けた企業戦略の傾向を、CCTVのCM枠オークションの結果が示してると言っても過言ではないと思います。

まず、落札総額は110億RMB(1,500億円)で前年(2009年)と比べて18.5%増加しました。金融危機の真っ只中に行われた前回のオークションとの比較とはなりますが、それでも前回もその前と比べて落札総額は伸びていたのです。来年も引き続き内陸部を中心に経済成長が続く、と落札した広告主企業はみているのでしょう。

業種別の落札金額ランキングでは、酒類がトップです。これは例年見られる傾向で、その多くは「白酒」と呼ばれる中国酒の広告主です。
2位は、例年上位の常連となっている家電、乳製品、医薬品を押さえて金融が入りました。その多くは銀行ですが、証券など金融商品を扱う"基金・投資"会社や生命保険会社も大量のCM枠を落札しました。生活にゆとりができて、マネーゲームに参加する中間層が増えてくる、ということでしょうか。
いっぽう日本では常に広告主上位になっている自動車は、トップ10に入っていません(12位でわずか3%程度のシェアです)。経済の底上げが進む中国といえども、年間1,000万台も売れている自動車はまだ中間層以上向けの"ぜいたく品"ということなのでしょう。

1位:酒類
2位:金融
3位:家電
4位:乳製品
5位:食品
6位:トイレタリー
7位:飲料
8位:通信
9位:IT
10位:アパレル

ちなみに、最も多額のCM枠を落札したのは「蒙牛」と言う乳製品の会社です。ことしは有害成分の検出でイメージダウンしましたので、来年は大量のCMで挽回を狙っていくのでしょうか。2位は「飛鶴」と言うやはり乳製品の会社です。こちらは牛乳やヨーグルトと言うより赤ちゃん向けの粉ミルクが主力製品です。ベイビー・マーケットは来年も続伸していくのでしょう。
トップ10の中で、いわゆる外国ブランドはP&Gとユニリーバの2社のみ。両者とも石鹸やシャンプーなどの日用品を内陸部の農村地帯にまで拡販していますから、もはや舶来の高級ブランドではなく中国に浸透しています。

1位:蒙牛(牛乳・ヨーグルト)
2位:飛鶴(粉ミルク)
3位:格力(GREE/白物家電)
4位:匯源(飲料/コカコーラによるM&Aが独禁法により頓挫)
5位:美的集団(MIDEA/白物家電)
6位:P&G
7位:波司登(ウール製品)
8位:双匯(ハム・食品)
9位:脳白金(健康食品)
10位:ユニリーバ

トップ100広告主の中で、外国ブランド企業を探してみると、以下の通りです。やはり自動車関連が強気です。日本企業ではトヨタのみという結果です。都市部の中間層や富裕層を主たるターゲットとしている日本ブランドは、CCTVへのCMはあまり使わないのです。

15位:フォルクスワーゲン(一汽大衆)
71位:NIKE
76位:ペプシ
77位:シェル(売牌統一)
79位:トヨタ(カローラ・クラウン・一汽豊田)
87位:コカコーラ
93位:トヨタ(カムリ・広汽豊田)
# by pandanokuni | 2009-11-23 14:31 | 経済ネタ
ウイグル人と漢民族の仲を取り持つ<コカ・コーラ>のような何か
中国からはYoutubeはもちろん、facebookもTwitterもアクセスしにくい状況が続いています。
この状態は、7月の新疆ウイグル族自治区で発生した主として漢民族とウイグル人との暴力沙汰以来、断続的に続いています。

ことの発端は、広東省に出稼ぎにやってきたウイグル人のせいで失業したと思い込んだ(実際にそうだったかもしれませんが)漢民族の工員が、「西北から来た男6人が、工場で漢民族の女性2人をレイプした」というデマをインターネットの掲示板に書き込んだこと。
6月26日、この掲示板をみた漢民族が"事件"の仕返しのため、出稼ぎウイグル人が多く働いている広東省の玩具工場の寮に押し寄せて、ウイグル人を叩きのめすと言う暴動に発展してしまいました。事件は中国国内でもある程度報道され、中国側メディアによると、8人が亡くなり160人が重傷を負ったとされています。

いっぽう、広東の工場寮で大勢の漢民族の攻撃に遭ったウイグル人の映像は、翌日にはYoutubeにアップロードされるとともに、中国の一部動画投稿サイトなどにも転載されます。
こうした動画は、facebookやTwitterを通じて、広東から遠く離れた新疆ウイグル族自治区に居住するウイグル人や、世界中に散らばるウイグル人のコミュニティにシェアされていきました。
そして、同じ民族の仲間が漢民族にボコボコされた映像を目の当たりにしたウイグル人は、やはりfacebookやTwitterを使って"復讐"を呼び掛けていったのでしょう。7月5日深夜、新疆ウイグル族自治区の中心都市ウルムチで、例の暴動が勃発するのです。

新疆ウイグル族自治区の中国帰属は、古く漢や唐の時代にまで遡る問題で、共産党政権以降の事象だけを取り沙汰すべきでは無いと思っています。資源、宗教、人権侵害など様々な問題が指摘されていますが、やはり民族間の対立が諸問題の根源ではないかと思います。

私の同年代の中国人実業家・Aさんが北京で過ごした大学時代のお話です。
1980年代半ばのこと、Aさんの通う映画系の大学には音楽やダンスの学科もあり、他の大学よりも多くのウイグル族学生がいましたが、普段はほとんど交流も無く、ウイグル族の学生はウイグル族だけでつるんでいました。いっぽう満州族、朝鮮族、ミャオ族など、漢民族以外の"少数民族"の学生は、Aさんたち漢民族としばしば行動を伴にしていました。
Aさんの友人が、当時としては非常に高価なステレオ・ラジカセ(ステレオ・カセットテープ・プレイヤー)を入手したとのことで、漢民族の仲間8人が、学生寮の友人の部屋に集まりました。
そして、マイケル・ジャクソンの『スリラー』の海賊版カセットテープを大音量で再生し、踊り始めました。ディスコなどなかなか通うことのできなかった当時の中国の地方出身の学生たちが、学生寮の一室をディスコ代わりにして大騒ぎを始めたわけです。
そのうち、階下のウイグル族の学生がクレームにやってきました。「うるさくて勉強できないので、止めてくれないか。」と言う、ごく常識的な要求でした。けれども、Aさんとその漢民族の友人たちは、音楽とダンスを続けました。
すると、階下のウイグル族の学生が仲間3人を連れてクレームにやってきました。漢民族の学生は「分かった、対応する。」と言いつつも、「ウイグル族の言うことなど聞いてたまるか」という雰囲気で、引き続きダンスで盛り上がっていました。
しばらくすると、今度は階下のウイグル族の学生が10人程のウイグル族の仲間を連れて、またクレームにやってきました。「何度言ったら静かにしてくれるんだ!!」。マイケル・ジャクソンに浮かれていた漢民族学生が「仲間を連れてくるなんて卑怯じゃないか!!」と筋の通らない言いがかりをつけたので、ウイグル族学生の一人が"実力行使"に出てしまいました。漢民族学生の当時たいへん貴重だったステレオ・ラジカセを取り上げ、部屋の外に放り投げてしまったのです。
これを合図に、ウイグル族10人対漢民族8人の乱闘が始まりました。双方とも"ヒカリモノ"までは用いませんでしたが、流血の事態となり、駆けつけた大学職員が止めに入りました。

乱闘の参加者全員が空き教室に集められ、主任教官から事情説明を求められました。
ウイグル族の学生は、寮でディスコの如く大音量の音楽とダンスを楽しんでいた漢民族の学生たちを責めました。いっぽう、漢民族の学生は、高価なステレオ・ラジカセを放り投げて壊してしまったウイグル族の暴力性を責めました。
お互いの言い分は平行線のままでしたが、主任教官は"喧嘩両成敗"ということで両者に和解を求め、その証として、双方の代表者(Aさんの友人が漢民族代表、その階下の学生がウイグル族代表)を前に出し、握手を促しました。ところが、双方とも右手を伸ばそうとはしません。
そこで、主任教官は左右に分かれた二民族代表者の間に立ち、一本の瓶入りコカ・コーラを取り出しました。
「それなら、コーラでも飲んで、冷静になりなさい。」と同時に左右から右手が伸びてきてコカ・コーラの瓶を掴み取ろうとしました。その瞬間、主任教官は各民族代表者の右手を掴み取り、強引に重ね合わせて握手に持ち込みました。
かくして、漢民族とウイグル族の争いは、解決を見ることとなったのです。

「当時は、ステレオ・ラジカセと同じくらい、コカ・コーラが希少だったのかなぁ...」とAさんは感慨深そうに思い出話を語り終えました。
ひと財産を築き、いい歳をしたオヤジになった、共産党一党支配には反対で、時には"民主化運動"の片棒を担ぐこともあるAさんではありますが、「ウイグル族はセコイから嫌い」と言っています。漢民族がウイグル地区を支配することこそ"セコイ"(ずるい)と、多くのウイグル人は思っているでしょう。
政治的な問題に深入りするよりもまず、この二民族の間を取り持つ機能こそ必要なんだと思えます。
Aさんのエピソードに登場する主任教官ように、双方の言い分を一応は聞いてあげつつも、最終的には有無を言わさず仲直りさせてしまうような解決方法を模索することこそ現実的なのではないでしょうか。
その主任教官が漢民族だったかどうかは差ほど重要ではなく、むしろ彼が差し出したコカ・コーラのような何か...。いや、誤解を怖れずに申しあげるのなら、双方がシェアできるような(公平なシェアを実現できるか別にしても、共通のインタレストとなり得る)経済の営み、こそ民族間の対立を和解に導くキーエッセンスになるのではないか、と私は思ってしまいました。
# by pandanokuni | 2009-08-20 16:50 | 社会ネタ