GW中、日本で視たテレビ番組で世界の人気番組を紹介していました。人工授精のお相手を探すエンタテインメント仕立ての番組など、日本では無理そうな番組がいくつか紹介され、中国の『超級女声』のことも紹介されていました。「あまりの人気の高さに、中国政府が番組の放送にストップをかけてしまいましたが、最近ようやく再開したという情報です」みたいなことを言っていました。
2004年から始まったこの番組は、そもそも通年企画ではなく、春から夏にかけてのシーズン完結番組なので、"再開"という言い方は正確とは言えません。ただ"中国政府が番組にストップをかけた"という紹介の仕方は、当たらずとも遠からず、と言った感じでしょうか。 2005年は3月19日の広州地区の予選会の模様から放送が始まり、8月26日の全中国決勝戦で一連の放送を終えています。ことしはちょっと始まるのが遅れて4月22日の長沙地区の予選会の模様から放送が始まりました。この番組を放送する湖南衛星テレビチャンネルが4月2日に記者発表を行うまで、ことしは『超級女声』を視ること(参加することが)ができるのか、と気を揉んでいた中国の若者も多かったでしょう。 と言うのも、昨年の異常なまでの人気に反発する"抵抗勢力 "が、番組の継続にいちゃもんをつけていることを、多くの視聴者が感じていたからです。学校をサボって番組に参加しているとか、人気投票のためケータイのメール代の負担が増えたとか、教育上のよろしくない、と言う批判が寄せられるようになったのです。そのうちに2006年は番組の放送を取りやめるのではないか、などとネット上などでも噂されるようになりました。 テレビ番組の管理も行っている中国国家ラジオテレビ映画総局は、ことしの『超級女声』の放送を許可するにあたって、表向きには2つの条件を出したようです。ひとつは「番組の参加者は満18歳以上であること」、もう一つは「人格を傷つけるような審査は行わないこと」。第1の条件により中高生が学校をサボってオーディションに参加する、という心配はなくなりました。これは教育的配慮と言ってもよいでしょう。第2の条件は、オーディション審査員の辛辣な批評に批判が多かったことへの対応と言えるでしょう。中国ですから"人権的配慮"と言うよりは"メンツ的配慮"と言ったところでしょう。 大勢の中国の若者を心配させたものの、ほぼ何事も無かったかのように、2006年『超級女声』は始まったのです。 ところが実際には、"教育上"などと言うキレイごとでは片付かない根深い対立の構造が水面下にあったのです。それは"中央"と"地方"の対立であり、"アメリカ"と"中国"の対立でもありました.....。 『超級女声』を制作・放送している湖南衛星テレビチャンネルは、日本で言えば山形放送のようなローカルテレビ局です。中国ではローカルテレビ局でも複数のチャンネルを持っています。そのうち1つのチャンネルを衛星経由で放送することが許されています。中国都市部ではCATVが普及しています。北京や上海の市街地ではほぼ100%CATV経由でテレビを視ています。CATVは50チャンネルほど放送できますから、CCTV(これだけで15チャンネルあるのですが)や地元のローカル局のほかに、衛星経由で放送している他の地方のテレビチャンネルを放送しているのです。つまり、中国都市部の人たちはCATVを通して、NHKや日テレだけではなく、山形放送や佐賀テレビも視ることができる、という感じです。ローカルテレビ局の番組である『超級女声』が全中国でブームになったのは、こうした事情があるからです。もちろん、人口カヴァレッジとしては圧倒的に大きい農村部ではCATVが普及していませんから『超級女声』を視ることはできないのですが、それでも都市部を中心に4億人はカヴァーできているのです。 中国では全国ネットのテレビ局としてCCTV(中国中央電視台)が君臨しています。そしてCCTVにも『超級女声』と似たような"素人参加番組"があるのです。CCTV2チャンネルで毎週レギュラー放送している『非常6+1』とその特別番組として毎年秋に放送している『夢想中国』です。『超級女声』は日本で言うところの民放的演出なのに対し、CCTVのほうはどちらかと言うとNHK的演出で、ご家族でお楽しみください的"つくり"をしています。『超級女声』の台頭をCCTVは歯軋りしながら見つめていたわけです....。 それでもCCTV(1チャンネルや2チャンネル)は農村部を含めて中国全体の90%以上をカヴァーしています。湖南衛星テレビチャンネルの3倍近いのです。数の上では中国全土を支配していますから、CCTV1チャンネルの午後7時のニュース『新聞聯播』は中国の"世論誘導装置"として相変わらず機能できているのです。ところが広告メディアとしては、購買力の乏しい農村部視聴者を大量に含むCCTVよりは、都市部視聴者の比率が大きい湖南衛星テレビチャンネルのようなローカルテレビ局の衛星チャンネルの価値のほうが高くなってしまいます。広告費を奪われかねないと言う危機感を苛まれたCCTVは、『超級女声』に圧力をかけるべく、世論操作に動き、"監督官庁"に泣きを入れたのでした。 そもそも2001年に衛星を通した放送を始めて以来、湖南衛星テレビチャンネルは視聴率の獲れるドラマなどの番組を次々と送り出してきました(現在はあの「おしん」を大々的にプロモーションして放送しています)。地方のくせに出過ぎた真似をしあがって、と"権威ある"中央のCCTVがちょっかいをかけた、これが"中央"と"地方"の対立の実態です。(参考記事:NetEase「テレビスターショウ、中央と地方の争い」=南方人物週刊からの転載) ところで『超級女声』と言う番組、実は湖南衛星テレビチャンネルのオリジナルでは無いのです。アメリカのFOXテレビで2002年より放送している『AMERICAN IDOL』という番組の"パクリ"なのです。いや失礼しました、"パクリ"天国と言われる中国ではありますが、湖南衛星テレビチャンネルは"フォーマット"と呼ばれる、番組の企画内容や演出のポイントをFOX TV系の番組プロダクションから、きちんと購入して、それを参考に制作しています。つまりライセンスを得てローカライズしているわけです。片やCCTVの『非常6+1』『夢想中国』は(一応)中国国産のオリジナル番組です。 更に湖南衛星テレビチャンネルには、外資参入疑惑が持ち上がっています。日本もそうですが中国の放送局には外資規制があります。放送局だけではなく番組プロバイダーにも厳しい外資規制があります。表向きはこうした事業に外国企業は参画できないような状況になっているのです。ところが、いろんな"カラクリ"を利用して、実質的には外資が参入しているのです。その"カラクリ"をご紹介するのは自粛しておきますが、例えば『超級女声』の番組フォーマットを供給しているFOX TV系の番組プロダクションが、事業収益に応じてフォーマット料金を得ているとすれば、これは限りなく投資行為に近いと言えるでしょう。 "カラクリ"を使った外資参入は何も湖南衛星テレビチャンネルに限ったことではありません。とりわけアメリカのメディア・グループやその傘下の番組プロダクションあたりが、中国のローカルテレビ局をその"支配下"に治めようと画策しています。もちろんローカルテレビ局側も大きなメリットを期待してのことです。『超級女声』で出過ぎた分、湖南衛星テレビチャンネルが標的にされやすいのですが....。 "アメリカ"と"中国"の対立とも言えるこのネタ、中国のメディアには登場しない貴重な業界の裏話ですので、口外無きように.....。 さまざまなイチャモンに中国国家ラジオテレビ映画総局は屈することなく(!?)、人民的エンタテインメント番組に継続のGOサインを出したわけですが、実際にどの程度の圧力がかけられているかを知るには、8月の『超級女声』本選会の放送を待つしか無いでしょう。昨年よりつまらない演出になっていて、人気も落ちてしまうようでしたら、"中央国粋勢力"の勝利と言うことになるわけです。
by pandanokuni
| 2006-05-08 23:36
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