一時帰国した日本の病院の待ち時間に雑誌「WiLL」を読んでいると、恐らく製薬会社の営業の方ではないかと思われるおじさんに「いい雑誌読んでるねぇ。」と声をかけられました。その方に「『国家の品格』って本も読んでよ」と言って立ち去っていきました。見知らぬ方に『WiLL』購読を褒められ、「すべての日本人に誇りと自信を与える」などと帯のついた、なんだか"右巻き"っぽい書籍まで紹介されるなんて、日本の"右傾化"はネット住民世代ではなく中年オヤジにも浸透しているのかなぁ、などと思ってしまいました。
書店に平積みにされていた『国家の品格』を買って帰りました。新田次郎さんのご子息で数学者の藤原正彦さんの講演録で、発売2ヶ月で11版と言うヒット新書です。 経済の専門家でも政治の専門家でもない藤原さんの自論ですから、細かい点を突っつかれると痛いところもあるのでしょうが、私が日常思っていること、強いては文章力に乏しい私がこのブログで書き表わせなかったことが、この書籍の中にはいくつかあって、このブログで取り上げてみたいなぁ、などと考えつつも、タイミングを逸してしまいました。 先日、とあるSNSのレビューにこの書籍を取り上げたところ、見ず知らずの方々から多くのご意見をいただきました。このブログでは「日本論」と言うよりは、"中国(北京)"或いは"北京で暮らし仕事をする自分"との関連において、『国家の品格』を自分なりに捉えてみたいと思います。 まずお読みになっていない方のために、本書のポイントをまとめてみます。 ひとつは、いま世界を支配している資本主義(市場原理主義)と民主主義に対する懐疑。 <<すべての先進国で社会が荒廃しているのは、近代的合理精神の限界を意味している。そもそも論理の徹底は破綻を招く。そもそも資本主義はカルヴァン派宗教改革の辻褄合わせで発展した論理だし、民主主義の前提となる成熟した国民などありえない。>> もうひとつは、日本古来の概念の賛美。 <<日本は世界的に普遍性を持つ「情緒」と「形」の国。論理だけでは説明できない「武士道精神」こそ大事。「品格のある国家」とは独立不羈で高い道徳と美しい田園を持ち天才を輩出する国。この4世紀ほど世界を支配した欧米の教義が綻び始めたいま、世界を救うのは日本人。>> なんだか反米国粋主義の本みたいですが、個々の主張はそれほど"右巻き風"では無いので、きっと感情的なナショナリストさんからも、グローバル市民系のサヨクさんたちからも、痛烈な批判を受けてしまったりするのではないでしょうか。 私が共感した第1点は「民主主義の前提となる成熟した国民などありえない」という主張。 主要民主主義国家はアメリカの音頭取りで、中東やアフリカ諸国や中国・北朝鮮などに民主主義を奨励しています。きっと民主主義が最も精錬された政体であると信じているからです。でも2000年以上も昔、都市国家から領域国家に発展したローマのカエサルは、共和制を捨て独裁制(帝政)を選択しています。大きくなりすぎた国家は一握りのエリートが運営することが最も国家のためだと判断したからです。多数決を原則とする民主主義は、参政者それぞれがしっかりした判断力を持たない限り、その国家のためにならない誤った方向に進むことすらあると思います。立法府だけではなく、裁判所の判断も、行政の判断も、かなりの部分、世論に影響されるのです。 中国はご存知の通り共産党独裁国家ですが、それでも”市民の声”を行政に反映させる必要が生じています。ですから、春節時期の爆竹の開放だとか、地下鉄駅名の公募などという、差し障りの無いところで、世論を反映しようとしています。プロセスはともあれ、多民族大領域国家である現状の中国で民主主義を導入したら、きっと取り返しのつかないことになるように思うのです。13億人のうち、"成熟した判断ができる人民"がどれほどいるでしょうか....まずは、多宗派国家イラクで民主主義が根付くか見守りたいと思っていますが。 中国に"成熟した判断ができる人民"が少ないのは、言論やメディア統制があるからだと言われれば、そうともいえるでしょう。でも民主主義国家と言われているアメリカや日本はどうでしょう。大衆メディア(私が大衆メディアと言うのは、数的影響力がある商業テレビ放送=日本では新聞も含めたい=をイメージしています)は自由に報道できているのでしょうか?仮に自由があったとしても国民に"成熟した判断"のための情報を提供しているのでしょうか?私は甚だ疑問に思っています。 サラエボ皇太子暗殺に端を発する第一次世界大戦も、アメリカの第二次世界大戦対日参戦も、アフガンやイラクでの戦争も、直接的には世論の支持により始まったのです。その世論とは民衆のナショナリズムから沸きあがった場合もあるでしょうし、メディアなど権力によって操作された場合もあるでしょう。 私は中国のような一党独裁主義を賛美するつもりもありませんが、日本や欧米の民主主義が最も理想的な政体であると言うことにも疑問を持っていました。 よその国のことは余計なお世話として、日本がどんな政体の国家であった方が良いか自分なりに考えてみるのですが、漠然と江戸時代の日本が思い浮かんでしまいます。江戸時代についてはまだまだ勉強不足なのですが、現代と最も異なるの"はグローバル化"に対しての"鎖国主義"でしょう。そして天皇と言う日本国民の心の拠り所の下での徳川幕府独裁官僚体制であったと言えるでしょう。 私が共感した第2点は「日本は異常な国」という主張。これには江戸時代の"鎖国"も少なからず影響しているのではないかと思うのですが。 中国にやってきたばかりの日本人から「中国は異常な国」「変わっている」などの感想を聞かされます。例えば、時間にルースだったり、仕事がいい加減だったり、確かに日本と比較するなら「異常な国」なのかもしれません。でもこの国で9年間仕事をしてきて、欧米企業とも日常付き合っている私にしてみれば、中国はアメリカやオーストラリアとそんなに違いが無いのです。お湯とお水の蛇口表示が逆だったり、明日修理に行くと言いながら1週間たってもやってこないような日本だったらほとんどあり得ないエピソードも、中国やオーストラリアでは当たり前の出来事です。優秀な社員がどんどん転職することも、中国もアメリカも変わりありません。つまり私は、「中国が異常な国」ではなくて「日本が異常な(特殊な)国」と言う結論に至ったのです。 そして私を含めた中国に滞在する日本人の大多数は、一時帰国などで日本に戻ると「何て素晴らしい祖国なんだろう」と感じるわけで、それは日本が異常な国だから一層そう感じるのだと思います。 他の大多数の国と比べて異常であることは、不便であり不利である場合が多いのです。経済のグローバル化が進む中で、日本企業も終身雇用や年功序列制を見直し成果主義を導入する必要が生じました。ここ中国においても"日本流のやり方"ではビジネスがうまく進まないので、この国での成果を社命として受けている私は日本の特殊性を捨てて、中国に適応したビジネスを推進してきました。上述の通り、中国流はアメリカ流に似ています。この国が後天的にアメリカ流を見習った部分もありますが、先天的な素養もアメリカ流に近いように感じています。 恐らく失われた10年の挫折経験から、経済のグローバル化の中で日本が相応のポジションを堅持するためにはその流れに組み込まれるしかない、という思いが主流となり、他の経済大国に遅れを取らないよう中国でも稼ぎ出さなければなりません。そのためには”日本流”をも放棄することも已む無し、と言う現状にあって一層日本の"特殊な部分"の多くが、日本人である私にとって心地よくあり、大切に守らなければならないものである、と言う思いが強まったように思えるのです。 そういう私が行き着くのが"鎖国論"なのかもしれません。 いまはグローバル経済の中で日本も相応のポジションを確保しなければならないのかもしれません。そのためにマイナス要因になりそうな日本の"特殊な部分"を放棄して、グローバルな潮流に乗る必要もあるのでしょう。中国に意見があってもこの国とのビジネスを優位に進めていかなければ、節操の無い欧米諸国に先を越されてしまいかねません。 でも、藤原さんの主張のように、日本の"特殊な部分"こそ、この地球に求められているものようにも思えるのです。そのことを証明するためには、日本の"特殊な部分"が存分に発揮できる小宇宙が必要です。経済的にも政治的にも軍事的にも独立した空間です。言ってみれば"鎖国"です。 "鎖国"で日本がもっとも困るのは、エネルギーと食糧資源でしょう。ですから、国際的経済力のあるいまのうちから自給率を増やしていくのが良いと思います。エネルギーはソーラーや燃料電池など、開発コストは甚大でしょうが、化石資源の要らない自給自足体制を整えていくくらいの技術力と経済力をいまの日本は持っているでしょう。技術力を持ってすれば、珪素や水素なら自国調達可能はなずです。そして農業や水産業を奨励することは、若い世代と地方の復活にも繋がるでしょう。きっと日本人になら、技術力と美しき田園と森林により、自給自足の国家を築けると思うのです。 私の考える"鎖国"は経済的な鎖国です。経済的に自立できれば政治的影響は排除されるでしょう。政治的に中立でいられれば軍事紛争に巻き込まれなくとも済みます。人や文化の交流は、もし相手国が許してくれるのなら相互に行えばよいでしょう。 100年のスパンで想像するなら、資源の枯渇、温暖化、勝ち組vs負け組といった国家間のギクシャクした関係から脱したいと願っている国々は、きっとそうした近未来の日本を見習おうとするのではないでしょうか。そして、その時には気前良く"後進国"を支援してあげれば良いでしょう。日本こそが地球を救うのです。 まぁ、経済の専門家でもない素人のユートピア論になってしまいましたが、日本が"特殊な部分"=日本の良いところ=を失わずに、国際社会の中でうまく振舞っていくのは、現状ではなかなか難しいことだと思います。
by pandanokuni
| 2006-02-19 22:23
| 政治ネタ
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