Google検索サイトの香港お引越しで、中国のネット規制や言論統制への世界的な関心が高まりました。
けれども、私にしてみれば(いや中国の大多数のネットユーザーにしてみれば)、Googleの検索ページが香港にリダイレィクトされようが、中国大陸からアクセスできなくなろうが、中国からインターネットにアクセスできる不自由度はさほど変わりません。 中国当局にとって都合の悪いサイトは、中国大陸からアクセスできないままなのですから。仮にGoogleや百度(BAIDU)などの検索結果が"自主規制"無く、該当するあらゆるウエブサイトのリンクと要点が表示されたとしても、リンク先のウェブサイトにはアクセスできません。中国当局がちょいと細工をしてさえしまえば、天安門事件やチベットやウイグルに関するウェブだけではなく、どんなウェブサイトにもアクセスできなくなるのですから。 Google撤退の話題で中国のネット規制が注目されたことは評価に値しますが、Googleやドメイン代行会社であるGodaddyが自社の宣伝のために正義を振り回している様は感心できませんし、米中間の政治問題に発展させる目論見が中国政府の壺にハマってしまうことになり兼ねない、と危惧しています。そして何よりも、"万里の長城"は外側からだけでは崩れないのです。外圧により城内の結束をより強くする、ネット規制はそうした効果をも狙っているのです。 Googleに関するニュースが象徴的ながら解決策に関して抽象的でいるうちに、いまも中国ではさまざまな方法でネット規制を強化しています。その中でも、いま危惧されるのが「実名登録制度」です。個人サイトの開設や運営はもちろんのこと、ブログ、SNS、チャット、更にはC2Cサイトへの出店や、BBSに書き込む時にも、実名で登録させようという魂胆です。張さんや王さんが何千万人も存在する中国でいうところの「実名」とは、人民一人一人配布されている身分証明書の記載事項や本人の顔写真、派出所などに登録されている現住所の情報などを一致させることです。インターネットにおける匿名性をすべて奪ってしまおうというお話しです。 確かに有害サイトや詐欺行為などを追放するために「実名登録制度」は有効かもしれません。日本でも5年ほど前に総務省がネットの実名利用の促進を呼びかけたことがありました。けれでも中国当局の意図が、有害サイトや詐欺行為の追放だけにあるのではないことは明らかでしょう。「実名登録制度」が発言や表現の自由を奪うことが明確であるにも関わらず、中国当局は有害サイト撲滅のためとか詐欺行為防止のためとか言って、ネット規制を強めているのです。 私は1997年から北京に在住し中国でインターネットを利用してきました。2006年に帰国してからは、中国のインターネットそのものが食い糧となってしまいました。2004年から始めたブログを読み返してみると、その当時のインターネット規制に関する話題をかなり書いていましたので、これまでの経緯を振り返る意味で以下にまとめてみます。 98年のインターネット。2006-05-11 1997年の中国のネットユーザーは62万人でした(09年末には3.8億人に達したと発表されています)。しかも国外アクセスできない接続プロバイダーが主流でした。 『中国で趙氏死去報道規制…NHKニュースぷっつん!?』 by 夕刊フジ だって!!2005-01-17 頻発するNHKプレミアムのブラックアウト。操る人をイメージしつつ...2005-03-16 中国当局に都合が悪い情報を遮断してしまう、と言う行為は、テレビや新聞・雑誌から始まっているに相違ないでしょう。 エキサイト・ブログがアク禁に!?2005-05-08 このブログ、中国から見れなくなっています....2005-05-09 ちょっと"愛人"のところに、お世話になることにします....2005-05-31 中国当局が不適切と判断したウェブサイトがアクセスできなくなることは、中国在住者にとって周知の事実でした。天安門事件、法倫功、チベット事件に関するサイトは見ることができません。これは内部関係者の中では「ゴールデンシールド・プロジェクト(金盾工程)」、国外では「グレート・ファイヤーウォール」と呼ばれる、リンク先の検閲とアクセス・ユーザーのネット内行動分析、そしてアクセスの制限を一挙に行なう画期的なシステムが機能しているためで、このシステムの開発にはアメリカの著名企業が関与していると言われています。 2005年4月~5月、中国では反日デモがあり一部暴徒が日本関連施設を襲うという事件がありました。北京での状況を目の当たりにした私は、エキサイト・ブログに写真入りでエントリーし、多くの方に読んでいただきました。このことと関係してかどうか不明ですが、その直後から、エキサイト・ブログが中国からアクセスできなくなってしまいました。エキサイト・ブログをはじめ、geocities.co.jpやSeesaaはいまでも中国からアクセスできないままです。中国当局を刺激するような報道は、それが英語や日本語の内容であっても、中国からアクセスできない現象も頻繁に発生しています。 中国のテレビ生中継(直播)はほとんど"生"じゃないでしょ...2005-06-28 何が起きるかわからないテレビの生中継は、中国では5~15秒遅れて放送されます。大切な指導者に生卵が投げ込まれるようなシーンは慌ててカットしなければなりません。ワールドカップのようなスポーツ中継ですら心配しています。 ネット規制の政策には、対策もあります。2006-02-21 隠されてしまったものは何としてでも見てみたい、というのがヒトの心情。中国のネットユーザーも簡単に諦めたりしません。情報リテラシーの高い人たちを中心に多くのネットユーザーが、実は中国当局の規制を掻い潜っています。 中国MSNログイン障害の原因は....?2006-05-13 中国ではインスタントメッセンジャーによるチャットがEメールよりも頻繁に利用されています。QQのシェアがダントツですが、MSNをビジネスで利用する人たちも多くいます。そうした中で、MSNが利用できなくなりました。これも中国当局の仕業かと勘繰りましたが、十中八九MSN側のテクニカルな問題だったようです。 Googleも繋がりにくい状態なのに、「中国政府はネット統制してません」と吹いた劉建超さん。2006-06-06 中国当局のネット統制について問いただした外国人記者に「一部の方は中国政府がネットを統制していると指摘していますが、事実とは合致していないのです。」と答える外交部報道官。 ちなみに、Googleは中国の法律と規則を守り、"自主規制"も行なうとの文書を当局に提出し、この年(2006年)1月25日に中国で正式にサービス・インしました。 国境は無視する性格のインターネットなのに。日本メディアと中国当局の意識差!?2006-06-16 インターネットに国境は無いと思っていましたが、日本のメディアも中国の政策を先読みする解釈で国境を設定してしまっていると思えたお話。この頃は中国からもYouTubeがアクセスできて、エア系のネタなど面白いビデオクリップが中国からも随分アップされていました。 [中国ネット管理強化]「新浪網」「捜狐」、仲良く検索システムを"アップグレード"中!?2006-06-20 中国の検索エンジンとしては百度(BAIDU)が有名ですが、ポータルサイト「捜狐」もSoGuoという独自の検索エンジンを公開しています。当時は「新浪網」もiASKを公開していたのですが、二つとも"アップデート"のため機能しなかったのです。もちろん中国当局のリクエストにお応えして"自主検閲"を強化するためのアップデートだったのです。 【告知】ネット検閲に反対する24時間オンライン・デモンストレーション実施中!2006-11-08 国境なき記者団」(RSF)がインターネットへの自由なアクセスを支援する24時間キャンペーンを行ないました。「インターネットの敵」として挙げられた国家は、中国や北朝鮮など13カ国。 権力によるYouTube遮断にもいくつかのスタイルが....。2007-04-06 この頃はまだ、YouTubeが完全遮断ではありませんでした。中国当局に不都合なビデオだけアクセスできない状態にしたのです。例えば、越境亡命を試みるチベット人の銃撃ニュース映像などは中国から視ることができませんでした。まだ、さりげなかったのです。 ネット統制のいたちごっこ。中国当局、こんどはRSSフィードをブロック!?2007-10-06 それまでは中国当局にブロックされた国外のニュースを特殊なRSSリーダーで閲読していた中国人が多くいました。これじゃまずい、ということで、"不適切"な情報のRSSフィード自体を特定しブロックするという試みも行なわれたのです。 ダライ・ラマ14世がブッシュに会うと、中国ではBaidu(百度)以外の検索サイトが使えなくなる!?2007-10-20 Yahoo!やGoogleで検索しようと思っても、自動的に百度(BAIDU)の検索サイトに誘導(リダイレクト)されてしまうという恐ろしい事件もありました。TechCrunchの記者さんの論評(政治的問題よりは経済的な問題だ)は新鮮ですね。私は未だにGoogleを疑っています。 中国ネット規制:『豚がみんな笑った』にコメントが書き込めませんでした...2007-10-21 中国ではBBSへの書き込みなどもモニターされ、"不適切な"コメントは削除されてしまいます。NGワードを含むコメントは自動的に書き込み拒否されたりするのですが、それでは"不都合"が生じるので最近は人的モニター手作業削除が主流となっているようです。 中国が動画サイトの規制強化を発表、中国版Youtubeは消えてしまうか!?2007-12-31 YouTubeへのアクセスが不安定になるいっぽうで、勃興する中国版YouTubeに中国当局はいろいろと難癖をつけ始めます。 この頃はインターネット規制をめぐる関係部門の"権力闘争"が激しくなります。元来インターネットは情報産業部(現在は工業と情報化部に改組)の管轄でした。ところが、既存映像系メディアを取り仕切る広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)や、新聞雑誌など出版物を取り仕切る新聞出版総局、更にエンタテイメント・コンテンツを取り仕切る文化部などがちょっかいをかけてきました。規制すなわち利権になるので、利権争いだと思っています。 中国で上映禁止になった映画『苹果』と動画サイト規制とCGMとの関係。2008-01-14 映画を監視する広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)が動画サイトをも支配下に置こうと考えたのでしょう。いまでは動画コンテンツをネット上で公開するには、動画コンテンツ制作ライセンスが必要とされています。一般人が撮ったムービー作品も厳密には規制の対象となりかねません。中国ではCGMも崩壊の危機です。 入り餃子への対応も動画サイト規制も経済論理優先で!?2008-02-01 中国メディアとしては政権に批判的な論調が多かった南方周末という新聞は、動画サイト規制を言論規制としてではなく「物権法」(財産や市場競争を保証する法律)に反したものとして批判しました。本音かどうかは別として、この頃はまだ中国当局によるネット規制を批判する論調がニュースサイトなどに掲載されていましたし、私としても中国当局の利権争いか内輪揉めの様相を感じていて、幾分楽観的な展望を持っていたと思います。 中国版YouTube「土豆網」丸一日"自主閉鎖"。2008-03-24 楽観的な展望があったさなか、当時最大の利用者数を誇っていた「土豆網」が3月14日に丸一日"自主閉鎖"に追い込まれます。 中国当局はワイセツ動画を理由にしますが、このころチベット情勢が緊迫していました。外国メディアによる関連ニュース映像が「土豆網」などの中国版YouTubeにどんどんアップロードされました。サイト運営側は中国当局の逆鱗に触れまいと、"自主検閲"でせっせと危ない動画を削除してたのですが、追いつかなかったのでしょうね、きっと。 YouTubeへのアクセスが全面的にできなくなったのも、この頃です。 中国インターネットの"表向き"の公序良俗2009-01-09 厳しさを増すネット規制。中国当局の意図が言論統制であることが明らかになっているのに、表向きは公序良俗や消費者保護のためと宣伝します。 09年夏のウイグル人と漢民族との諍いの拡大がTwitterにあると考えた中国当局は、Twitterやfacebookなどコントロールの効かない外国発のソーシャル系サイトをシャットダウンしてしまいます。 それどころか、新疆ウイグル自治区の大部分でインターネットの利用そのものができなくなり、ケータイのショートメールまで制限されたのです。誰もエロサイト追放のためだとは信じないでしょう。 Googleのビジネス・センスと中国国内向けインターネット規制強化2010-01-27 「実名登録制度」は.cnドメインの取得から始まりました。そして、Google騒動。前述のとおり、Googleの"勇気"は一時的に中国のネット規制に注目を注がせることには成功したかも知れませんし、Googleの名声は上がったかもしれませんが、中国本土のインターネット利用者にとってはさして意味も無いことだったと思います。むしろ、外国からの批判に曝されることで中国当局を硬化させ、中国の少なからぬ人たちの愛国心をも刺激する結果を招いているのではないでしょうか。 共産党政権に限らず、中国、中国の人たちに、自分たちの主張を押し付けようとするのは、必ずしも賢い対応では無いのではないか、と私は思っています。もちろん、中国のネット規制即ち言論統制をこのまま放っておくのは、中国の人たちにとっても、国際社会にとっても、極めて危険です。一時的な話題性に流されてしまわないように、多くの皆さんがウォッチして、中国の人たちの共感を得ながら、内側からも外側からも激しくは無い地道な世論の形成を続けていくことが大切なような気がしています。
by pandanokuni
| 2010-03-26 22:36
| 社会ネタ
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