Googleの無検閲表示もリンク先にアクセスできなければ無意味
Googleが中国から撤退の検討をしているというニュースは、日本でも大きな話題となりました。Googleが1月12日にブログで発表したコメントは、「今回の攻撃(当社の社内インフラストラクチャーに対する、中国を発生源とするきわめて高度かつ標的を定めた攻撃)と、中国政府が打ち出した監視 ― 加えて、過去数年にわたるウェブ上の言論の自由制限の強化 ― を踏まえ、当社は中国における事業の実現性を再考する必要があるという結論に至った。」と、ハッキングが中国からであることを断定するとともに、その文脈からは幾分唐突気味に、中国政府によるインターネット規制を、事業再考の理由の一つに掲げました。 中国政府によるインターネット規制として、Googleが直接問題としているのは、検索結果表示に対するセンサーシップです。Googleは、天安門事件やチベット、ウイグル問題など、中国政府にとって都合が悪いウェブサイトを検索結果から削除させられており、「現地の規則により、一部の検索結果は表示されていない可能性があります」と表示されています。 ただこのことが、中国国内からのインターネット・ユーザーにとっ不便な規制なのかと考えてみると、実はそうではありません。Googleが中国で検索結果を表示できないウェブサイトのほとんどは、一般的な方法では中国からアクセスできないものなのですから。つまりGoogleが、ガンデンポタン(チベット亡命政府)や世界ウイグル会議のリンクを表示したとしても、中国の一般ユーザーがリンク先のページに辿り着くことはできないのです。 つまり、Googleが中国政府のNGワードの検索結果を表示できたとしても、中国が誇るGreat Fire Wall (不適切な外国サイトを遮断するシステム)が機能する限り、実質的な成果は極めて小さいのです。中国政府のインターネット規制、とりわけ検索結果に対するセンサーシップ(検閲)を事業再考の理由の一つに上げているGoogleを、"Don't be evil (ビジネスで悪さをしない)"精神の発揚だ、などと単純に賞賛する気持ちにはなれません。Googleのビジネスそのものにとって重要な何か(それは何かのソースコードかも知れない....)が損害を受けつつあったから、という推理に共感を覚えてしまうのもそのためです。 インターネット規制の重点が、中国国内に Googleのような派手なプレイヤーが登場しない地味なところで、中国国外のメディアが十分な監視を怠っているうちに、中国のインターネット規制は着実に完成しつつあります。2009年初から、中国政府は国内のインターネットの「大掃除」に着手しているのです。 まずそれは、「低俗ウェブサイト」の一掃から始まりました。工業と情報化省、公安省、文化省、放送映画総局、新聞出版総局など関連するお役所が、それら政府機関を唯一指導する立場の中国共産党への点数稼ぎで競い合いました。 9月には、放送映画総局のライセンスを取得していない中小の動画共有サイトが一斉に強制閉鎖させられました。12月4日には、映画やドラマやソフトウェアを交換でき、中国では人気を博していたBT(BitTorrent)と呼ばれるP2Pファイル共有サイトもすべて閉鎖されました。12月8日中国共産党とインターネット関連政府機関によるコンファレンス・コールでは、取り締まりの対象をケータイ・サイトにまで広げ、低俗でエッチなコンテンツを2010年5月末までに撲滅することを宣言したのです。 そして12月9日に中国共産党中央宣伝部の御用達番組CCTVの『焦点訪談』が、ドメインの偽名登録による低俗サイトの弊害を取り上げてからは、インターネットの「根っ子」とも言えるネットワークやサーバー(データセンター)、さらには.cnドメインそのものに、取り締まりの矛先が向けられるようになりました。 データセンターは、定められたエビデンス(書類)を準備できないウェブサイト運営者にサーバーを提供した場合、即営業停止処分にさせられます。悪足掻きをすれば、China Mobile、China Telecom、China Unicomの3大通信キャリアが、データセンターとの通信回線を即時遮断します。 さらに.cnドメイン名取得の審査が厳格になり、昨年末までには、登記された企業や団体でなければ.cnドメイン名の取得が実質的には不可能になりました(個人が.cnドメイン名を新規取得することが実質困難になりました)。1月14日には、.cnドメイン名の全取得者に対し、企業や団体であれば営業許可証、個人であれば身分証明書を、1月末日までに提出するよう通告が出されました。 中国の知人の会社が、ドメイン名取得代行のお仕事をしています。1月15日にその会社を訪ねると、てんやわんやの大騒ぎでした。その会社が代行した.cn取得者は30万件で、2週間以内に取得法人や個人の証明書類を取り寄せて、.cnドメイン名を管理するCNNIC(中国インターネット情報センター)に提出しなければならない、とその前日に告げられたのです。 提出が求められているドキュメントは5種類、150万の書類を取り寄せ、内容を確認して、CNNICに再提出しなければ、そのドメインが取り消されてしまいます。しかも、ドメイン名取得者からのPDFやファックスによる提出は不可で、ペーパー・コピーを取り寄せなければなりません。 30万セット150万部の提出書類のチェック要員として、各部門から300人のスタッフを再配置し、隣のオフィスビルを1フロアまるごと臨時で借り上げて、準備に大わらわでした。 提出を求めた政府機関が、こうした費用を負担してくれるわけがありません。ドメイン取得者に負担してもらうわけにもいかず、その会社は費用のすべて負担することに決めたそうです。着払いの送料だけでも300万RMB(約4,000万円)かかるけれども、「こうした時期だからこそ、.cnドメイン取得者の権利を守りたいから。」という知人の脳裏には.cnドメイン名の稀少化をチャンスと捉えるビジネス・マインドがたっぷりあるのでしょうが。 「巨大なパワーが、遂に動き始めたという恐怖を感じる」 中国当局が行ってきた様々な政策と比較するなら、インターネットに対して中国政府は、これまで比較的寛容な態度を取ってきたと思います。 当初はインターネットの過小評価からだったかもしれませんが、今世紀に入ると情報の流通が経済成長にもたらす効果を積極的に捉えるとともに、政体に不安定となる情報が管理可能と考えたのでしょう。外国資本のインターネット関連企業への投資も魅力的ですし、インターネット業界からNASDAQやNYEに上場する企業がたくさん出ることも中国のイメージ向上につながります。この数年、規制は徐々に強化されてきましたが、勝ち馬に乗れとばかりに複数の政府機関が"通行手形"の発行とそれによる利権確保に走ったから、というのが私の見方でした。 例えば2008年、動画投稿サイトにライセンス制が導入された時も、ウェブサイト運営会社はさほど動揺しませんでした。コネを操り、放送映画総局の然るべき人物に辿りつければ、要件が満たされていないサイトであっても、ライセンスを取得する道が残っていたからです。同様に、ICPライセンスを取り仕切る工業と情報化省、オンラインゲームなどのコンテンツを取り仕切る文化省なども、末端での運用に対しては柔軟性がありました。騒乱事件をきっかけにインターネットやSNSから遮断されていた新疆ウイグル族自治区であっても、少なからぬ人たちがインターネットやSNSを享受できていたのです。 ところが昨年9月以降、特に12月に入ってからの規制の厳格化は、これまでのものとは様子が違います。インターネット利権の末端で、きっと甘い汁を吸ってきたと思われるお役人さんも、「今度ばかりはどうにもならない」とウェブサイト運営会社を冷たく引き離す始末です。 中国共産党中央宣伝部が"指導力"を発揮して、所轄の政府機関の意見を無視して、強引に推し進めているようなのです。 工業と情報化省の管轄でありながら、中国科学アカデミーの影響下にもあり、インターネットの縄張り争いでは中立的な立場を通してきた、.cnドメインを管理するCNNIC(中国インターネット情報センター)の告知ページをみると、現場の慌てぶりが良くわかります。 2009/12/10「ドメイン名登録情報の正確化のための特別措置について」 ※ドメイン名取得代行業者向けの徹底でした 2009/12/10「ドメイン名登録手続き違反業者の処分について」 ※前日のCCTVの番組で告発されたドメイン名取得代行業者の処分を発表 2009/12/10「ドメイン名登録手続き管理の強化について」 2009/12/11「ドメイン名登録手続き審査の更なる強化について」 2009/12/22「不正ドメイン名登録者の通報奨励」 2009/12/24「ドメイン名登録者にウェブサイト登録のリマインド」 ※12月15日に工業と情報化省が発表した「ケータイによる児童ポルノ撲滅運動指針」を受けて 2009/12/28「通報活動の実績報告」 ※半月で13,175件の不正ドメイン名登録者を検挙 この後も「告知」は続くのですが、中共中央宣伝部からの「まだまだ生温い!!」と言うCNNICへの"指導"の雄叫びが聞こえてきそうです。 中国当局のインターネット規制には当然批判的でありながら、「政策には必ず対策があるから」と楽観的な見方をしていた中国の知人は、「今回は、何だか巨大なパワーが動き始めたという感じで、恐怖を感じる」と話していました。その巨大なパワーとは軍部なのか、改革開放路線への反動なのか、知人にとっては容認できる範囲を越えるような何かかも知れない、と。 中小サイトが駆逐され、巨大メディアの楽園に 中国国内インターネットの取り締まり強化で、10万以上の中小ウェブサイトが閉鎖に追い込まれたと言われます。 中国当局は「著作権を侵害するサイトと児童ポルノなどを含む猥褻サイトの撲滅のため」だと言います。確かに、閉鎖に追い込まれたウェブサイトのほとんどが、そうしたサイトです。現に著作権保護の強化や低俗系コンテンツへの取り締まりは、インターネットだけではなく、ほかのメディアや出版物も対象となっています。中国政府に、知的所有権の保護強化を求め続けてきた他の国々としては、歓迎すべきことかも知れません。 もちろん、こうした規制の強化が、政権側の政治的意図と結びついている、と考える人たちが圧倒的に多いのも事実です。 中小ウェブサイトへの取締りが進む2009年12月28日、中国ネットテレビ(CNTV.cn)が正式にオープンしました。CNTV.cnは中国"国家機構"が用意したインターネット動画コンテンツのプラットフォームです。CCTVをはじめ地方テレビ局の衛星チャネルはもちろん、中国内外の人気ドラマや映画、NBAやF1を含むスポーツなど豊富なコンテンツを、パソコンからはもちろんのこと、ケータイやテレビでも視聴することができます。表には出ていませんが、CNTC.cnは中共中央宣伝部の関与が極めて強いと考えられます。 また、成長中のインターネット企業に中国当局が出資するケースも増えています。 各種ライセンスの取得困難、手続きの煩雑さ、コンテンツ管理の厳格化など、中国でインターネットのウェブサイトを運営してためには、政府機関との"良好な関係"はもちろんのこと、資金面などの企業としての体力が一層重要にになってきました。中小のウェブサイトが生き残れなくなるばかりか、一人二人で始めたベンチャーが大成功をおさめるというチャイナ・ドリームをうむ環境すら無くなりつつあります。 Yahoo! Japanがほぼ独り勝ちと言える日本とは異なり、中国のインターネット・メディアは実に多様でした。総合ポータルサイトですら、常に上位3~4社が競り合ってきました。動画共有やオンラインゲームなどエンタテインメント系になると更にたくさんのウェブサイトがしのぎを削ってきたのです。 国内向けインターネットの規制は、インターネット・メディアの寡占化を推し進める結果につながるでしょう。ショッピングモールにおける淘宝網(TAOBAO)のように、各サービス・テリトリーで巨大プレイヤーの一人勝ちする未来が待ち受けているかも知れません。 Googleの中国事業における主たる収入源は、AdwardとAdsenseでした。中小のウェブサイトが広告主にもなり、広告メディアにもなる、いわゆるロングテール・モデルです。ウェブサイトの開設や運営が規制され、巨大メディアの寡占が進めば、そのビジネス・ターゲットは激減してしまいます。 Googleがそうした未来を見立てて、中国から手を引こうとしているのだとすれば、そのビジネス・センスをどう評価したら良いのでしょうか。
by pandanokuni
| 2010-01-27 17:12
| 経済ネタ
|
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