北京が破壊されるとき。
東京などへの出張で、10日ほど北京を離れていました。日本では、このブログも含めエキサイト・ブログにはスルスル入れたのに、やはり北京に戻ると通常の方法では繋がりません。困ったもんです。
この10日間、移動時間が多かったもので、随分本を読むことができました。タイトルから、村上龍の『半島を出よ』と似たようなテーマ性を感じ、ハンフリー・ホークスリーが書いた『北朝鮮最終決戦』と言う文庫本を買い、あっという間に読み終えました。
この本の原題は"The Third World War"(第3次世界大戦)で、北朝鮮は登場国の一つに過ぎず、インド、アメリカ、パキスタン、中国、ロシア、イギリス、日本、韓国など、多くの国々が破滅へと向かっていくストーリーなのに、二見文庫の編集者は相当ごり押しして、邦題に旬の"北朝鮮"を躍らせてしまった感じで、ちょっと残念な感じです。作者ハンフリー・ホークスリーはアジア諸国で長年にわたって取材活動を続けてきた元BBCの北京支局長だけあって、ヒューマニティが心地よく香り、常にフィクションの中に居る安心感が漂う村上ワールドの『半島を出よ』とはまったく異なり、ドラスティックな軍事と政治の観点から近未来の、アーミテージあたりが真面目に予想可能な国際紛争を描ききっている感じです。

この両フィクションに共通する6年後か10年後くらい近未来の世界は....北朝鮮は軍部の暴走を腐敗した政権側が抑えきれなくなっていると言うこと。アメリカがアジアの紛争解決に臆病もしくは消極的であること。中国が世界のキャスティング・ボードを握っていることでしょう。
一方、両作品において近未来の日本は異なる描かれ方をされています。『半島を出よ』の日本は既に破綻した国家で、同盟国アメリカからも見放されつつある。日本政府は無策無力にして、集団に所属することを拒否してきた"不良"若者が日本を救うことになります。一方、『北朝鮮最終決戦』の中の日本の首相・佐藤徹は核軍備こそがアメリカの傘から抜け出す道だと主張する、いわば熱血漢。
中国に関して言えば、見事に経済成長を続け政治的にも安定しつつあり、アメリカも自国と同等の大国として認め、対立から妥協と協調へと政策を打ち出している、というのが村上龍の描く近未来であり、ハンフリー・ホークスリーのフィクションの中の中国もほぼ同等の状況にあると言えるでしょう。『北朝鮮最終決戦』の中の中国の国家主席は青春時代をアメリカで過ごし、巨額の富をビジネスで創出することもできたのに、敢えて国家主席になってしまった感じの男として描かれています。中国は相変わらず"民主主義"ではない形で成長を続けていますが、国家として反映し続ける上で、経済的に豊かになることは不可欠であると考え、国際社会との協調路線を取ることを明確に打ち出しています。そうしたオペレーションを遂行できる人物こそ、ジェイミー宋という名の国家主席なのでしょう。

元BBC北京支局長である『北朝鮮最終決戦』の作者は、アメリカ的"民主主義"より中国的"独裁主義"のほうをきれいに描いている感じすらします。アメリカの"躊躇"が世界を核戦争に陥れてしまいます。中国とロシアがキャスティング・ボードを握り、第3次世界大戦後の世界を指導するのが中国になるのか、と言うストーリー展開なのですが、いよいよと言うところで、その中国でも軍部が台頭してしまう。ウミガメ国家主席ジェイミーは、軍部と共産党とのバランスの上に立たされていることを十分理解しているので、もはや自分のできることは何も無いと悟るのですが、"世界の終わり"の前の日に、中央軍事委員会の陳主席と共産党の範総書記と北京の国貿中心25階で会談します。
"実際文化"(実用主義=プラグマティズム)。ここまで中国の成長を支えてきたコンセプトについて、ジェイミー宋国家主席と範共産党総書記の間には共通の想いがあったようなのですが、軍部にそれを理解して行動してもらうのは難しい状況なのです。
私には現実の世界でもここのところが中国の"アキレス腱"のような気がしてなりませんでした。

この3者会談の前日、北京のイギリス大使館と日本大使館が中国の「第二砲兵」と呼ばれる反乱軍によって焼き討ちされます。天安門広場にはこの反乱軍が集結しているのですが、その周りを北京市の警備当局が取り囲んでいます。北京市政府は宋国家主席側についていたのです。国務長官が"人質"となっていたアメリカ大使館では、反乱軍と北京市警備当局の間で攻防戦が繰り広げられます。そんな中で、若手実業家であるジェイミー宋国家主席の息子は暴徒に絞め殺されてしまいます....
『北朝鮮最終決戦』における北京の破壊はここまで。でも私がいま住んでいるエリアでの近未来の出来事が詳細に描かれているので、作者の経歴を考慮すると、かなりリアリティを感じてしまいます。

その後、世界が核戦争に呑み込まれても、北京は核ミサイルの砲撃を受けずに済んだようです。北京郊外・清河にある「第二砲兵」の司令部には通常弾頭によるミサイル攻撃を受けたようですが。アメリカ、日本、イギリス、ロシア、韓国、北朝鮮の政権中枢が核と生物兵器の攻撃により、尽く機能しなくなった世界で、中国はどうするのでしょうか。イギリス人の作者は、さすがにそこまで描こうとはしませんでした。
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# by pandanokuni | 2005-05-29 21:58 | ひまネタ
さよなら、もみじ2号店。
東三環路を国貿中心から京広中心へと北上すると、その右側では中国中央電視台(CCTV)の新社屋工事がモタモタと行われています。北京で現在建設中のビルは、オリンピックが予定されている2008年までに竣工させなければならない、と言う"決まり"があるので、こんな様子でホントに間に合うのか心配になります。でも、1999年にその直前まで工事の遅れて姿を現せなかった王府井の東方広場のビル群が10月1日の建国50周年軍事パレードの直前になって、その堂々たる姿を突然現したという"実績"を考えると、きっとオリンピックの前の日あたりまでには、工事現場の囲いがはずされて、ハリボテのCCTV新社屋が姿を現すことはほぼ確実なのでしょう。こんなこと心配しても仕方が無いし。

CCTV新社屋の建設用地には、北京のごくフツーの集合住宅と小さな自動車工場があり、東三環路に面した位置には奥行3~4メートルほどの小さな商店が立ち並んでいました。その中には、日本人向けのスナック「もみじ2号店」もありました。
「もみじ」は「美波里」とともに、北京の日本人向けスナックの"草分け"的存在です。1997年当時、私が知り得たスナックはこの2つだけでした。その頃の「もみじ」はケンピンスキーホテルの東側の路地で遠慮がちに営業していました。"ママ"と呼ばれた4人姉妹の末っ子を中心に、3人姉妹がお店を切り盛りしていました。
"ママ"はカナダ国籍を持っていて、白人の彼氏とたまたま、既に営業を始めていた「美波里」に立ち寄って、ビジネスとしてのポテンシャルに強く感じてしまい、速攻で「もみじ」を開業した、と伝え聞いています。ですから、97年当時の「もみじ」はカウンター中心の店作りで、京信大廈に引っ越す前の「美波里」と非常に良く似た雰囲気でした。

商売は順調に伸び、老舗「美波里」を意識して東三環路に面した場所に「2号店」をオープンしました。オープンしたばかりの「2号店」もやはりカウンター中心の店作りで、「1号店」と呼ばれるようになったケンピンスキー横の「もみじ」の"ママ"のスグ上の姉が「2号店」の"ママ"としてお店を仕切ることになりました。「2号店」の"ママ"は妹の「1号店」の"ママ"よりもビジネスには長けていませんでしたが、その分穏やかだったので、次第に「1号店」より従業員の女の子もお客さんも引き付けるようになっていったのです。
2000年から2002年にかけては「2号店」の"黄金期"でした。いまの北京のスナックでは考えられないくらい性格が良く美しい女の子が揃っていました。
この店で稼いだ資金を元手に日本に留学し、いまは日本の"大企業"で活躍している女の子、日本人駐在員と日本で"幸せな"家庭を持っている女の子、多くのオヤジに貢がれつつも"貞節"を重んじた(と私は信じている)"伝説の"H嬢、現在スナックの"ママ"として相変わらず"この世界"から抜け出せない女の子など、この頃の「2号店」は数々の人材を輩出しています。

しかし「1号店」がヒルトンホテル裏の現在の場所に移転してから、事態は一変します。まず「1号店」と「2号店」との間で従業員のトレードが行われました。これは、"チームワーク"による接客が魅力だった「2号店」の雰囲気を悪化させてしまいました。"やり手"末っ子"ママ"の経営手腕とフロアの広さにより業績を伸ばしていった「1号店」に対して、従業員の入れ替えにより"チームプレイ"がで機能しなくなった「2号店」は凋落に向かっていきました。そして"ダメ押し"となったのが"ママ"のトレードでした。「2号店」の"テコ入れ"と称して、"やり手"の末っ子"ママ"が「2号店」を取り仕切るようになって、私のお気に入りだった「2号店」はまったく別なお店になってしまったのです....

CCTV新社屋の建設用地一帯が次々と"斥"(立ち退き - 取り壊し)されていく中で、「2号店」だけはしぶとく営業を続けていた様子ですが、2ヶ月ほど前に閉店したそうです。現在「1号店」の"ママ"は元々「2号店」の"ママ"だった姉のほうで、「スナック業界も競争が激化して大変なので『2号店』はもう出しません」と言っていました。
いまでは日本人向けのスナックは北京市内に100店近くあるのでしょうが、"黄金期"の「もみじ2号店」を知る私には、納得できるお店がほとんどありません。当時と比べれば、駐在員や北京在住の日本人や出張者もぐんと多くなり、需要も増え、嗜好も多様化しているので、お店の数が増えても、うまくやっているスナックもあるのでしょうけど....

久しぶりにこのあたりを歩いてみると、京広橋までの店舗はすべて"立ち退き"済みでした。行きつけのDVD Shopも移転先も残さず消えてしまいました。南側はほぼ"取り壊し"が済んでいて、「2号店」の隣の建物までが無残な姿を曝していたのですが、「2号店」だった建物だけは、まだしぶとく残っていました。
今週末あたりには、もう跡形も無くなっているのでしょうか....国破山河在、いや夏草やぁ..ツワモノどもが夢の跡。少し感傷でした!
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# by pandanokuni | 2005-05-17 23:42 | ひまネタ
中国国際航空が"超音速旅客機"を投入!?
相変わらず、エキサイト・ブログには通常の方法でアクセスができません。このブログは北京在住の皆さんにもご覧になっていただきたいと思って始めたので、そろそろ"お引越"を考えなければ、と思っています。

さて、2003年10月に世界の空からコンコルドが消えてしまってから「超音速旅客機」はもう御法度なのかなぁ、と思っていましたら、なんと中国のフラッグ・キャリアである中国国際航空が"超音速旅客機"を投入するとのこと!!しかも、この国が"誇る"権威メディアである「人民日報」の日本語ウェブ版が報じたのですから、少し航空オタクの私としては、ウキウキわくわくしてしまいました。

そもそも、超音速旅客機はクリアしなければならない課題がたくさんあって、採算性に大きな問題があり、"本気で"商用開発しているところはもう無くなった、と言うのが私のイメージでした。唯一ボーイング社が「ソニック・クルーザー」という"近音速旅客機"を開発中なのですが、東京-ニューヨーク間が2時間程度短縮できる程度なので、これまた採算が取れるのかどうか心配するムードが支配的なのです。
さすが中国、欧米を差し置いていつの間にやら「超音速旅客機」を開発してしまったのかぁ、と感心しました。

ところが、この記事には「超音速旅客機(A340-300)」と書いてあります。ううん、A340-300はエアバス社が既に量産している旅客機で、日本ではあまりお見かけしませんが、中国国際航空では既に何機か導入済みのフツーの飛行機です。ジャンボ機と同じくエンジンが4発ついているので、ETOPS(1発のエンジンがトラブルを起こした場合でも飛行を許される時間)の制限を受けないため、長距離の洋上運行が可能な、大体300人くらい乗れるワイド・ボディ(客席内に通路が2本ある)飛行機....私の知識としてはそんなもんで、最高速度はボーイング社のB747-400なんかより遅いくらいだと思っていました。このA340-300が"超音速旅客機"だなんて!!!
いつの間にかスペックが変更されたのかもしれないと心配になり、エアバス社のウェブサイトも確認させていただきました。やはり"超音速"で飛行できるなんて一言も書いてありません。この飛行機の特長は、やはり巡航距離(着陸せずに飛び続けることのできる距離)が長いと言うことです。シンガポール-ニューヨーク直行便という現時点で一番長い距離をノンストップで飛ぶ路線に使われているくらいですから。

b0047829_1755394.jpgそれにしても、この国が"誇る"権威メディアが、日本語のウェブ版とは言え、ごくごく初歩的な間違いを載っけていたわけです。きっと翻訳ミスでしょうからオリジナルの記事を探してみたのですが、「人民網」内の検索では見つかりません。この記事自体、中国国際航空のファーストとビジネスクラスのシート設備が"世界最高クラス"になる、と言う内容のもの。日本人客の需要を当て込んで日本語版だけに掲載したネタだったのかもしれません。ま、中国語版に掲載してしまうと、そんなのに乗れるの役人くらいと金持ちくらいだろう、と不満のネタにもなりかねないでしょうから....

アク禁のことで意地悪されているので、私もちょっと意地悪になっちゃいました!!
[写真はルフトハンザのA340-300]
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# by pandanokuni | 2005-05-11 16:45 | 社会ネタ
このブログ、中国から見れなくなっています....
「五一」と呼ばれる中国版ゴールデンウィークを、私はブログの更新もほったらかしにしたまま、のんびり日本で過ごしていました。
異変に気づいたのは、日本で北京在住の「原口純子さんの北京日記(こちらは漢字で「北京」、URLは"peking"なんですね)」をチェックしていたときでした。「ブログが更新不能に」という5月6日付けのポストは、日本の友人に託して更新したとのこと。その時は、まさか"エキサイト・ブログ"全体が中国から"アク禁"状態になっているとは思いもしませんでした。
5月7日に北京に戻り、実際いろいろと試してみましたが、複数の接続プロバイダで試してみても、どの"エキサイト・ブログ"にもアクセスできません。連休を中国で過ごされていた北京在住の方に確認すると、5月1日頃から"エキサイト・ブログ"にはアクセスができなくなってしまった、とのこと。

以前のポストでも触れましたが、中国では当局の不都合なサイトを閉鎖したり(中国国内にサーバーが設置されている場合)、アクセスできなくしたり(中国以外にサーバーが設置されている場合)します。反政府系やアダルト系の中国語のサイトはもちろんですが、外国語サイトでもCNNやYomiuri Onlineなどのニュース・サイトが一時的にアクセスしにくい状態になることはあります。
また、"geocities.co.jp"のドメインの個人ホームページは、かなり前からほとんどアクセスできませんでした。

それにしても、仮に私のブログが原因で中国からエキサイト・ブログがアクセスできなくなってしまったとしたら、大変なご迷惑をかけてしまったことになってしまいます。"exblog.jp"というドメインで規制するのではなく、せめて"beijing.exblog.jp"などと言う、サブ・ドメインのレベルで規制してくれれば、まだマシなのに、この国にはそんなデリカシーは期待できませんし....でも、このブログは、かなり多くの方に、"親中派"と目されているので(私自身はそう思っていないのですが)、このブログが原因とは考えにくいのですが。

もう一つのブログ、「北京ビジネス最前線」をご覧になっていただいている方からの情報ですと、あるブログが原因で"ココログ"全体がアク禁になったそうです。4月18日付の記事が原因と推測されるのですが、現時点では"ココログ"内のブログが中国からも見ることができるようになっています。
エキサイト・ブログのアク禁も、近いうちに解除されることを期待するしかありません。

"情報統制"のモロ"被害者"になってしまっているのに、こんなのんびりした態度だと、きっとお叱りのコメントを頂戴しそうなのですね。
「金盾行程」(Gold Shield System)と呼ばれる"治安維持プロジェクト"の一翼を担う、インターネット上のキーワード検索&遮断システムは、アメリカのS社が技術供与しているとのことです。「紅旗」と呼ばれるLinuxベースの中国"国産"OSが思ったほど普及せず、Microsoftへの風当たりも以前ほど強くなくなった中国です。IBMの一部も既に中国企業になってしまいました。
深読みして「アメリカこそが中国の情報システムを牛耳っている」と考えることもできるでしょうが、中国だって警戒すべきところは警戒しているはずですから、人権と民主主義を叫んでいるこの超大国は短期的には中国との"エゲツない"ビジネスを優先しているような気がしてなりません。
しかも、飛行機がビルに突っ込むシーンの放映の"自粛"を要請されると、かの国のネットワーク・テレビ局は素直に応じてしまいますし、"テロとの戦い"などの"大義名分"で、表現の自由を制約されている人たちもいます。
諦めているわけではありませんが、多かれ少なかれどこの国家も似たようなものではないでしょうか....
もちろん、中国のインターネットのアクセス規制を容認するつもりもありません。この状態が続くようでしたら、エキサイトもビジネス上の不利益を被るはずですから、山村社長あたりに対応策を相談してみることにしましょう。

ところで、何故いま私が中国に居て、エキサイト・ブログを更新できているのでしょうか?
これもある方にお聞きしたのですが、"たまねぎの皮をむく"ことにより、アク禁のサイトにも接続できるようになりました。ほんとうは中国在住のエキサイト・ブログを見てらっしゃる方全員にお教えしたいのですが、誰もがこの方法でアクセスできてしまうと、きっと当局も対抗策を打ち出してきてしまいそうなので、ここでご紹介するのは控えさせていただきます。"上に政策、下に対策"ですね。
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# by pandanokuni | 2005-05-09 20:53 | 社会ネタ
出国審査官の「こんにちは!」
中国は"五一"(メイデイ)の連休を5月1日から7日までと"行政指導"しています。7日間連続の連休と言うわけですが、4月30日(土)と5月8日(日)は、振替出勤日という"行政指導"ですから、土日を除けば実質3日のお休みと言うことになります。
私は、中国の取引先の来日などもあって、4月28日に日本に戻りました。

4月28日は8時台の便で東京に戻るため、チェックインを済ませ、ボーダー・コントロール(出国審査)に並んでいました。北京首都空港の出国審査は"櫛形"行列になっていて、比較的待ち時間も少なくなっています。ちなみに、入国審査のほうは、外国パスポートであっても「中国公民」の通路に並んでも問題なく入国審査してくれます。成田に戻って、外国パスポート所持者のほうにだけ長い行列ができているのを見ると、ちょっと申し訳なく思ってしまいます。

さて、北京首都空港の出国審査で、前に並んでいた日本人老夫婦の奥様のほうが私に声を掛けてきました。
「あのぅ、すみません。日本人の方ですかぁ....」
菊の紋章の日本国パスポートを誰にでも分かるように持っていた私なのに、きっと"中国人化"してしまって見えたのでしょうか?ちょっとショックでしたが、わたしは"しっかりした"日本語で応対して差しあげました。
そのご夫婦は「出国カード」の記入内容について、私に確認したかったようでしたが、サイン(署名)と日付欄以外の部分は、既にきれいにタイプ打ちされて記入済みでした。パッケージツアーで北京に観光に来られたご夫婦のようでしたが、さすが日本の旅行代理店の手配だけあって、出国カードの記入もしてくれているんだなぁ、と感心してしまいました。
「ここにサインときょうの日付を書き込めば、大丈夫なはずです」というほんの短い会話があって、あとはお互い無言のまま出国審査の順番を待っていました。

"櫛形"行列なので、ボーダー・コントロールのところで、ご主人は右奥のほうに通されました。次いで、奥さんのほうが行列の正面のカウンターに通されました。私は真後ろで奥さんのほうを何気なく見ていました。
彼女が日本のパスポートを出国審査のカウンターに提示すると、濃いグレーの公安制服の公安審査官の20代後半と思しき男性が、大きな声で彼女に向かって「こんにちは!」と声を掛けたのです。彼女は、一瞬後ろにふらつくくらい動揺しているように見えましたが、すぐに小さな声で「こんにちは」と発声していました。その後は無言のまま、所定の手続きをして、出国スタンプをパスポートに押してもらった彼女は、ちょこんとお辞儀をして、前方に抜けていきました。

スグに私の番がやってきました。その奥さんと違うカウンターで20代の女の子が出国審査官でした。私は、日本国パスポートを提示すると、明るく元気な声で「こんにちは!」と言いました。でも、彼女は手渡されたパスポートのページをめくりながら私と目もあわせずに、小声で「にーはお」でした。それから、パスポートの最初の写真のページにめくり戻ってようやく顔を上げ、私の顔をじぃいっと見つめます。思わず愛想笑いをしてしまいました。そして、ピタンと出国スタンプを押すと、放り出すようにパスポートとボーディングバスを私のほうに戻しました。
ちょっと、態度がちがうんじゃないかぁ、と思いつつ、この人たちは「観光客」と「ビジネス客」の扱いを使い分けているのだろうか、そんなマニュアルまで存在していたらスゴイなぁとか、或いは対応の違いはやはり”個人差"によるものだったのだろうか、などと考え込んでしまいました。

成田空港に到着すると、いつもながらに"違和感"を感じてしまいました。入国審査の日本人用と外国人用の列の長さの違いもさることながら、都心へのアクセスも含めて、外国の方にはなんて不親切なんだろうなぁ、と。北京首都空港も決して親切なつくりだとは思いませんが、日本語対応可能な"ぼったくり"タクシーに捕まったとしても、日本円で2~3,000円、時間にして30分ほどで、中心部のホテルまでたどり着くことができるのです。
日本語も英語も分からない中国人が、鉄道かバスで都心のホテルまでたどり着くのは至難の業ですし、料金も時間もすごくかかってしまいます。
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# by pandanokuni | 2005-05-01 01:27 | 社会ネタ
中国の日本人、日本の中国人。
今回の反日デモに関しても、或いは日常のビジネスにおいても、日本に居る日本人との間である種の”温度差"を感じてしまう私。
中国で暮らし、仕事をして7年以上になるこの私を"中国人化した日本人"を呼ぶ日本人もいます。でも、私個人としては日本人としてのアイデンティティや祖国を愛する心を、日本で暮らしていたとき以上に意識して、大切にしたいと思っているのです。
中国に居る日本人には、いわゆる中国大好き日本人、中国に深い思い入れを持っていらっしゃる方がいるのも事実だと思います。でも私自身は、どうしても中国で暮らしたい、どうしても中国で働きたい、と思っているタイプの日本人ではありません。私にとって中国は、魅力的に感じる部分もありますが、そうでない部分もあります。自ら望んで中国に居る人ばかりではないですし、自ら望んで中国にいらっしゃった方でも、盲目的に中国を愛している日本人がすべてではないと思います。
産経新聞の古森さん(Hatena Daiary : ここのプロフィールは支持できませんが他に見つからなかったので)は、<日本の中国スペシャリストと言われるジャーナリストは、中国で取材活動ができなくなると存在理由を失うので、中国政府当局を刺激するような取材活動や記事は書けないのではないか>と指摘していましたが、中国在住の日本人の多くが同じような理由で中国に対して、"甘い見方"をする、とは思いたくないですし、実際にそうでない日本人が私の周りにはたくさん居ます。
ですから、私の言う"温度差"とは、「日本で言われているほど、中国は酷くない」とか「大変じゃない」ということだけではなく、「日本で考える以上に、中国は大変だ」或いは「酷いことになっている」ということも含んでいますし、「こうした現状だから、日本では不思議に思うかもしれないけど、中国に居ると妙に納得する」という意味合いもあります。

前回のポストに対して、華南のレストランでの日本人への嫌がらせに関するコメントをいただきました。事実関係は確認できませんが、北京に居る私は、「こういうことも当然あるだろうな」と言う"妙に納得する"感覚でした。長く北京で暮らす私にとって、反日や日本人への"迫害"は、さもありなん、と言ういわば当たり前のことだったからです。
こちらが顧客であるはずのタクシーやレストランで、日本人だということで、いろいろイチャモンをつけられたことが、私自身何度かあります。この時期だからこそ、タクシーの日本人乗車拒否が日本のニュースになるのでしょうけど、私は主として日本人だという理由でタクシーを降ろされ、氷点下十数度の真冬の一本道をテクテク歩きながら歩いたこともありました。もちろん怒りがこみ上げてくるのですが、日本で暮らす一般の日本人より中国人と接することが多いため、彼らがどんな教育を受けてきて、どんなテレビ番組を見てきて、日本人をどんな風に思うようになったのか、何となく察しがつくので、そんなには驚かなくて済んでいると思うのです。"温度差"とはそういうものではないかと思うのです。
もちろん、日本人だと分かっても"損得抜き"で親切にしてくれる中国人もいます。

日本における中国人はどうでしょう。いわゆる"悪い奴"がたくさん居るのも事実だと思います。でもそうでない中国人もたくさん日本にいるはずです。
私は、中国企業のクライアントの幹部と一緒日本に出張することがあります。私自身が旅程をアレンジすることもありますが、中国人が一緒ということだけで、宿泊の予約を拒否されるケースがあるのも事実です。日本語が話せない中国人が東京でタクシーに乗る際、私が運転手さんに行き先を伝えて、タクシーチケットを前もって渡したとしても、「悪いね、別のクルマあたってくれる」って言われたこともありました。一番苦労するのが夜の接待です。合法とされるちょっとエッチな風俗店(当然、日本人の女性がメインで働いているところを狙うのですが)のほとんどは、ご来店拒否です。中国ではトップクラスの会社のマネージメントで、身なりも私よりずっと良いのに....アテンドしている日本人の自分が、なんだか犯罪者を連れて歩いている雰囲気に追い込まれたりします。もちろん、郊外の温泉旅館や東京の一流といわれるホテルなど、中国人のお客さまにしっかり対応しているところもたくさんありますが。

日本の大企業は、海外戦略で"ローカル・マネージメントの推進"などと謳い、アメリカやヨーロッパでは現地人の社長やCEOに経営を委ねる傾向があります。でも、中国人を中国のトップ・マネージメントとして起用する企業はほんの僅かです。欧米の社員は日本語など話せなくともどんどん昇格します。でも、日本企業の中国事業のマネージメントは日本語が話せないと、なかなか上に昇れません。日本の大学院まで出て日本人より日本語ができそうな中国人でも、中国の日系企業では通訳に毛が生えたような使われ方しかされていなかったりします。

こうした事実が、中国人の軽視なのか蔑視なのか、個々の日本人や各企業の想いや事情があるのでしょうから、一概には言えないと思います。日本に居る日本人には、身近な中国人の振る舞いやマスコミの報道によって、何らかの"既成概念"が働いているのかもしれません。
一方、中国に居る日本人への蔑視や迫害があるとすれば、こちらの背景のほうが、中国に居る日本人にとっては分かりやすい感じがしてしまうのです。
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# by pandanokuni | 2005-04-26 00:34 | [実録]05年4月反日デモ
少なからぬ北京在住の日本人が感じる"温度差"
日本の大臣クラスが公式に北京に来ると、日本人学校を訪問するか、中国日本商会(在中国日本商工会議所)か北京日本人会のいずれかと懇親会を持ちます。いずれにしてもアレンジするのは大使館なのですが、今週はじめに北京を訪れた町村さんは約36時間と言う短時間の滞在にも拘らず、その3つともこなして行きました。もちろん日本コミュニティだけではなく、李外相とも唐国務委員とも会っています。さらに月曜日の夜は、ほぼお忍びに近い形で、留学生などの民間人とともに食事をして北京在住の日本人の"意見"を聞いていったそうです(だーれんさんのブログ)。

私自身も感じていますし、そのだーれんさんもブログで指摘されていたのは「温度差」です。北京に住んでいると、日本に住んでいる人との中国に関する認識の違いをたびたび感じるのですが、今回の中国における「反日運動」に対するイメージの違いもその一つです。
極端な話ですが、中国13億の人民すべてが日常的に反日思考を抱いているわけではありません。中国人すべてが、日本ブランド製品を買いたくないと思っているわけでもありません。反日デモが北京中を練り歩いたわけでもありません。破壊活動は決して許せるものではありませんが、反日デモに参加者すべてが破壊活動に関わったわけでも無いのです。4月9日でさえ、ごく一部の人たちと一部の地域を除けば、ごくフツーの北京の一日だったのです。
ただ日本で暮らす日本人の多くはそんな風には思わなかったのではないでしょうか。それは、やはり日本の報道が影響しているとしか思えません。中国寄りとも思えるあのNHKでさえ、デモの影響を受けてなかった街並みや人々の映像は使ってなかったように思えますし、「こんなことがあってもいずれは日本車を買うよ」みたいなインタビューも流しませんでした。「デモのど真ん中以外は比較的平穏です」などと言う報道をすれば、日本人の安全に対して無責任に思われるでしょうから仕方ないのかもしれませんが....

ただ"攻撃対象"になっている日本人でさえ、北京で意外といつもと同じような暮らしをしているのは事実です。反日デモや暴徒への想いは人それぞれですが、そうした"温度差"を少しでも知っていただくために、北京在住の方の四九デモ以降のブログを引用してご紹介したいと思います。
これは、だーれんさんの「 在中国日本人の声をまとめる試みをしてみたいです」のアイディアですが、意見を取りまとめるという作業には時間と労力もかかるでしょうから、速報性を優先して既存ポストからの引用ということでやってみます。


日本で報道されている中国での「反日」の様子と、現場で自分の肌で感じる「温度差」。SARSやアジアカップの際など、これまでに何度も繰り返し書いてきた。だが、特に今回は、いろいろばところで、この「温度差」を訴えっている声を聞く。メディアに対する批判、不信感も急速に広がっている気がする。部数を伸ばし、視聴率をとることを使命にしているメディアは、読者や視聴者が好む報道を重視する。得てして過激な映像が強調され、現実の空気が誇張されて報道される。
[だーれんの中国留学日記~ちゃいなりぃ~(4月22日)]


ただ、日本にいる時の海外の情報は限られたものでしかなく、またその限られた中である部分だけがクローズアップされて情報として伝わる場合があり、それ故に何かしらイメージというものが先行してしまったともいえると思います。
(今回のデモなんかは特にいい例で、ある部分のみが日本に伝わったため、日本からの心配メールなんかがばんばん送られてきたんですよね)
[cmoookの日記(4月12日)]


これらの映像を見ながら自分が実際にその現場にいることがなんか不思議な感じになりますね。日本の報道を見ていると、日本人と分かるとすぐにやられそうな勢いですが、普通に日常生活をするうえでは特にいつもと変わりません。ただ、もちろん危機感を持って生活する必要がありますが。
日本のテレビの報道状況を見ていて日本と中国では温度差があると感じました。もちろん現地日本人としては危機感を持って行動すべきですが、現地の多くの中国人はそこまで大きなことと考えてないと思います。報道規制があるのでデモについてはほとんど報道されていないこともありますが。

[じゃんす的北京好日子(4月17日)]


私 「えー、じゃあ私乗せてもらえないの?」
運 「ははは、アンタ日本人じゃないだろう。」
私 「日本人だよ。」
運 「え?(私の顔をまじまじと見る←わき見運転は危険です)」
私 「日本人だよ。コンニチワ。」
運 「あ、アンタ日本人かー。ははは・・・俺は日本人は嫌いじゃないよ!政府がいけないと思ってるよ!そっか、アンタ日本人かー。」
私 「そ、だから今すっごく不便!」
運 「やつら今、長安街でデモやってるよ。」
私 「え~~!まだやってるの??朝9:00からやってるんでしょう?すごい体力だね。」
運 「そう、でもその後ばらけてデモやったりしてるんだよ。だから後から参加したのもいるの。」
私 「ふーん。で、どこに到着したら終了なの?天安門?」
運 「どこってのはないんじゃないか。疲れたらおしまい。」
私 「なんだそれ!そんなテキトーに終わるのかい。」
運 「だって、疲れちゃったらもう歩けないだろー。」

[ボウエンキョウとケンビキョウ(4月10日)]


この日は老舗のお茶屋さんの隣の茶館に飛び込みで入り、撮影をお願いして撮らせてもらいましたが、「あんたたち、日本人?日本人は礼儀正しいね」とほめられ、親切に助けてもらって感謝。
一日に接触した何人もの北京人との間では、普通に物事がすすみ、無事に終わった一日。
新聞に載るようなことは何も起きてない北京の平穏な一日を、逆にこうして記録しておきたいと思います。

[原口純子の北京日記(4月17日)]


日本大使館からは、不要不急の事がない限りなるべく外出するなとのメッセージが出ています。日本大使公邸近くに習い事に行っているのですが、今日はお休みしたいと連絡をすると、”何も起こっていないです。皆さん来ていますよ。”とのお答え。でも先週は確かに公邸の周りは騒然としていたし、後から聞いた話だと、公邸の敷地内に瓦礫や石や生卵がビックリするほど投げ込まれていて愕然としたとのこと。…好奇心旺盛な私であるので、他のことであれば見に行ってやろうと思うのですが、今回のことは心が痛むばかりで、結局お休みしました。(こういう風な辛い思いが続くと、”心”はやっぱり心臓の付近にあって、脳じゃないなと感じ取れます。)
それでも部屋の中でじっとしていることに耐えられなくなって外に出ると、もう初夏の陽気でした。大使館が並ぶ辺りは公安が通行止めをしていました。テレビでは凄い場面が出ていますが、外では路上で爺さんたちが将棋をしていて、あくびが出そうなお昼時です。何だか分裂気味です。大丈夫か?私

[毎天在北京(4月16日)]


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# by pandanokuni | 2005-04-22 19:31 | [実録]05年4月反日デモ
ゴールデンタイムのニュースでで公安部談話!中国政府当局の"焦り"。
きょう(21日)午後7時のCCTVニュース「新聞聯播」では、遂に"公安部談話"を取り上げる事態となりました。この「新聞聯播」は中国全国でみると最も視聴率の高いニュース番組です。上海市や広東省を除けば、その時間にテレビを見ている中国人の大半が見ている番組と言ってよいでしょう。

日本語字幕があるわけではないので正確さを欠くかもしれませんが、CCTVニュースのアナウンサーが淡々と読み上げた”公安部談話"の内容は:
  • 最近北京や上海で一部の群衆や学生が自発的に日本の歴史問題に関するデモを行った。

  • 彼らの愛国心は十分理解できる。

  • デモに関し、関係部門は社会秩序の維持と日本に関連する施設や人の安全を守ってきた。

  • 多くの大衆や学生は理智的に行動したが、少数の仕事を持たない人が公的或いは私的財産に危害を加え、秩序を乱した。

  • これは中国のイメージを傷つけ、法律が認めない行為である。

  • デモ活動を行う場合は、法律に則り許可を得てから行って欲しい。

  • 公安当局が許可をしていないデモや集会は違法行為である。

  • 不許可のデモには参加せず、またインターネットやケータイメールでの呼び掛けも行わないで欲しい。

こんな感じでした。
まるで、89年の天安門事件のときに学生に呼び掛けたCCTV「新聞聯播」みたいで、北京でデモを目撃したときより、緊迫した雰囲気を感じました(その頃北京にはいませんでしたが、『天安門』というドキュメンタリー映画で見た雰囲気です)。
そもそも、こうした呼び掛けをCCTV「新聞聯播」で行うことは、非常に稀なケースと言えるでしょう。このニュース番組自体、国家の方針を通達する機能が大きいので、「こうしよう」とか「ああすべきだ」とか言う話題はいつものことですが、「こうしてはいけない」と言う言い方はほとんど行いません。ときどき腐敗追放キャンペーンなんかでやるくらいでしょうか。

どちらかと言うとインターネットやケータイメールというパーソナル・メディアを通して広がった反日デモ、マス・メディアでは取り上げず口コミで広がったそのデモの状況。それなのに、火曜日あたりから公式メディアにさっそうと登場したと思いましたら、遂に全国区のお茶の間にまで"自粛せよ"のいわば警告です。しかも、"無かったこと"で通すこともできたはずの"破壊行為"があったことまで、13億人民に白状してしまったのです。
これは、ほとんど国内対策だと思うのですが(もちろん国際社会も意識しているでしょうけど)、こうした大キャンペーンで、事態の収拾を余儀なくされた中国政府当局には、大きな"誤算"だったと言えるのではないでしょうか。或いはこの"反日運動"相当根が深く、更に広く蔓延してしまったのでしょうか。
いずれにしても、中国当局の"危機感”と"焦り"を感じさせる出来事でした。

新華網に"公安部談話"が掲載されていました。ネットや新聞や堅物テレビ番組くらいなら、ある意味納得できるのですが、ゴールデンタイムのお国を代表するニュース番組で、これを(ほぼそのままだと思います)読み上げたのですから、中国政府当局もかなり何かに追い詰められている感じがするワケです。
(このポストは速報性を重視しました)
追記(北京時間23:10):この番組の映像がアップされていました(wmvファイル300k)
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# by pandanokuni | 2005-04-21 23:05 | [実録]05年4月反日デモ
中国側の事態解決に向けた動き。
いよいよ中国政府当局も事態の解決に向けて動き始めたような感じがします。これ以上暴力沙汰が続けは、現政権の統治能力を疑われるでしょうし、国際的なイメージはがた落ち、外交的にも経済的にも望ましくない、と言う方向にまとまったのでしょう。
中国政府当局は、「愛国」と言う基本コンセプトを否定することなく、政府が弱腰と思われること無く、まず国内優先で事態を収拾しなければなりませんから、頭の使いどころでしょう。そして、きょうの朝、そのストーリーが人民網で明らかになりました(中国情報局)。

「愛国は正義により沸き立ち、理性により止まる」という特別企画は、

  • [大衆の議論] 穏やかさが最も大切。私たちは愛国の熱情をどのように表わせばよいのか
  • [背景1] 政府方針:日中関係で遵守すべき三原則
  • [背景2] 第二次大戦後、日本政府は反省と謝罪の態度を既にとってきた
  • [ネットユーザー] 愛国主義の感情:義より沸き立ち、理を以って止まる

という構成になっており、田中角栄さんと周恩来さんが乾杯している(角栄さんが頭を下げています)写真を掲げています。

弱腰と批難されないためのキーワードとして"理"を持ってきたのではないでしょうか。つまり、「三原則」という中国の対日基本路線と、その政策の背景でもある日本政府が既に反省と謝罪の態度を示したという事実を再認識させることによって、政府は理性的に日本に対しているのだから、キミたちもそうしないとダメよと諭している感じです。
さらに踏み込んだ言い方をすれば、中国人民の間で広がった"日本に対する認識の誤り"を政府自らが正してあげることによって、根本原因の一つを断ち切ろう、としているとも思えます。
それで「私たちは、日本の行動を見守っていく」という4月12日の外交部スポークスマンの秦剛さんの発言を引用して、中国政府は"理"に叶った対応をしているのだから、キミたちも"理"に叶った態度で、あとは日本の行動を(冷静に)見守って行こう、というわけです。
ま、中国政府の事情を考えれば、国内向けの施策が優先するのも致し方ないのではないでしょうか。

一応日本向け(?)に始めたこと:北京の日本大使館の原状回復を提示・中国外務省の関連会社(NIKKEI NET)。
(今回のポストは速報性を重視しました)
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# by pandanokuni | 2005-04-19 18:21 | [実録]05年4月反日デモ
中国で報道された町村発言の内容と日中双方の"落とし所"。
<在中国の日本政府関連施設への破壊行為について謝罪と賠償を求めた町村さんに対して、中国の外相・李さんはそれに応じなかった。中国では町村さんの反省と謝罪が報道された。>というのが、4月17日の日中外相会議の日本での捉えられ方の大勢ではないでしょうか(中国情報局)。
まず中国での報道のベースとなる新華社の中国政府当局お墨付き記事のを全文引用してみます(日本語としてはぎこちないかもしれませんが、できるだけ直訳にしています)。


日中外相会談 双方は意見の相違を対話を通じて解決することに同意した
新華ネット4月17日電。17日夜、李肇星外相と町村外相が会談を行った。
李外相は、<中国政府と人民は日中友好関係の発展を一貫して高度に重視している。双方は「歴史を鑑とし未来に向かう」という精神で、両国間の3つの政治文書に照らし合わせ、平和共存、是大寒の友好、互いの利益につながる協力、共同発展を希望している。これは世界平和と安定、発展に利するものでもある。>と述べた。
李外相は更に、<日中関係の改善と発展には、まず正確に歴史を認識することが必要である。侵略の歴史の承諾を正視し反省し、具体的な行動で実行し、中国人民の感情を再び傷つけることが無いように、これらに関わる問題の根本的な改善処理を希望する。>とも指摘した。
李外相は、<台湾問題に関わることは中国の核心的利益であり13億中国人民の民族感情である。一つの中国の原則を堅持することは日中関係の政治的基礎である。中国としては、日本がこれを承諾し忠実に守り、中国の主権に関する件を損害しないように、強く要求した.>と述べた。
町村外相は、<日本政府としても「歴史を鑑とし未来に向かう」という精神の両国関係の大局から日中友好が発展することを願っている。温家宝総理が最近「両会」(全人代と政商会議)の記者会見で日中関係発展のために提出した「三つの原則と「三つの提案」を日本としても高く評価しており、中国側とともに努力し、両国関係の改善と発展を推し進められるように願っている。>と表明した。
町村外相は、<日本は近代歴史において、中国に侵略したことで中国人民に巨大な傷害をもたらした。これに対しひどく残念に思い、再び深い反省とお詫びの気持ちを表わす。日本は歴史の教訓をしっかりと汲み取るように願っており、平和的発展の道を歩み続けている。>と表明し、台湾問題に関して町村氏は、<日本は一つの中国と言う原則を堅持している。「二つの中国」「一つの中国と一つの台湾」を支持していない。「台湾の独立」を支持していない。>と重ねて述べた。
双方は、日中関係がどちらにとっても十分に重要であるとの認識で一致した。双方は、長期戦略から両国関係を高度に認識し把握していくことで、世界の平和と発展に力を合わせること、互いに威嚇しないこと、意見の相違は対話を通じて解決すること、共同の利益を積極的に追求し拡大していくこと、そして各レベルでのまた個人領域での交流と協力を更に推し進めることで、同意した。
李肇星はまた、日本政府が日本にある中国の政府機関と中国公民の安全を確保するために友好な手段を採用するように、厳正に要求した。
このほかにも双方は、両国が関心を持つ国際と地域問題について意見を交換した。



中国ではこの記事を転載・引用する形で、各メディアが伝え始めています。
なお、この記事で出てきた「三つの原則と「三つの提案」は、昨日のポストでも触れましたが、政権中枢の対日強硬派が文句をつけそうな内容です。ポイントをお伝えしますと:


三つの原則(温家宝首相:2005年3月14日)
(1)「歴史を鑑にして未来に向かう」
(2)一つの中国の原則を堅持する
(3)特に経済と貿易の分野での協力を深め共同で発展する
三つの提案
(1)高いレベルでの相互訪問を行う
(2)それぞれの外交部門が共同で日中友好の戦略的研究に着手する
(3)歴史に残された問題を妥当(*)に処理する
(新華ネットより)

*中国語では「妥善」。この言葉には、<すべて思い通りとは行かないが適切といえる>というニュアンスがあるので、中国側のある程度の譲歩に含みを持たせた表現になっています。


中国政府当局の意図を勝手に推測すると、<日本の外務大臣が、歴史問題に関して詫びを入れ、1972年以来の原則を守ると言ってきている。人民の皆さんの熱い反日活動のお陰でもあるから、これ以上激しく日本をいじめるのは止めてあげない?>という方向なのでしょうか。
ちなみに、新華社が伝える町村さんの発言は、95年の「村山談話」に沿った内容になっていると思います。


村山談話(抜粋・1995年8月15日)
わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
(全文)


正式な文書になっているわけでなく、このことを"やり玉"に挙げる中国の方もいらっしゃるようですが、政府中枢としてはこの談話の則った行動を取ってもらえれば、いまのところ、それ以上踏み込むことは無い、という方針であるように思えます。
ちなみに、小泉さんはかつて村山談話よりもさらに"踏み込んだ"発言をしたことがあると言われています。「中国人民への"侵略"」と言う言葉です。


小泉談話(抜粋・2001年10月8日・北京市郊外盧溝橋にある抗日戦争紀念館参観後)
私は侵略を受け犠牲になられた中国人民に心からのお詫びと哀悼の意を感じ、そうした気持ちを胸に抱きつつここの数多くの展示物を参観してまいりました。
(在中国日本大使館の中国語ホームページより日本語訳。日本語のオリジナル発言内容は見つかりませんでした。)
4月19日追記:大使館発行の「日中関係重要文献集」を入手し、その中に日本語バージョンがありましたので、"お墨付き"表現を追記しておきましょう。
侵略によって犠牲になった中国の人々に対し心からのお詫びと哀悼の気持ちをもって、いろいろな展示を見させていただきました。


なお、大使館がHPで公表している中国語の文章は、"侵略"の主語に当たるものがありません。

話がそれましたが、多くの皆さんは「中国側の謝罪や賠償はどうなってんだ」「そっちのほうが先じゃないか」と更に怒りが増しているのではないでしょうか。私個人も同感なのですが、いまはちょっと無理のような気がします。中国の外務次官・武大偉さんがきょう(4月18日)、外国人記者団に「日本が先に謝罪すべき」と言明したそうです(Sankei Web)。中国政府当局が国内と国際的立場を維持するために、必要な条件ということで一致しているのではないでしょうか。
1999年NATO軍(アメリカ)によるベオグラードの中国大使館の誤爆事件で、北京のアメリカ大使館は反米デモ隊にかなりの仕打ちを受けています。このときはアメリカが損害賠償を求め、中国は拒否する姿勢をとり続けましたが、2年後には秘かに(中国人民にはあまり分からないようにして)賠償金を支払っています。もちろんその前には、その原因となった誤爆に対して、アメリカが謝罪し中国が支払うことになる賠償金の10倍くらいの賠償金を支払っているのですが。
ベオグラード誤爆事件のときとは事情が大きく違いますが、まず根本原因について問題を解決し、それによって発生した事象について解決を図る、というのが中国の方針なのでしょう。4月16日の"上海暴動"に、中国の政権中枢もきっと驚いてしまい対日穏健派が勢力を盛り返してきたのではないでしょうか。4月22日の小泉さんと胡錦濤さんの会談がどうなるかが当面の焦点になるでしょう。
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# by pandanokuni | 2005-04-18 17:51 | [実録]05年4月反日デモ