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中国版YouTube「土豆網」丸一日"自主閉鎖"。
このブログで何度か取り上げている中国の動画サイト規制について、最悪なタイミングで最悪な動きがありました。
YouTubeパクリのビジネス・モデルとは言え、中国ではかなりの人気を誇る動画サイト「土豆網」が、3月14日丸一日閉鎖に追い込まれたのです。

中国広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)は3月20日になって、1月20日に施行された『インターネットの動画コンテンツ・サービス管理規定』に基づき、動画サイトの処分を発表しました。
なんと25ものウェブサイトが動画掲載サービスの運営中止を命じられ、32のウェブサイトが警告を受けました。これらのウェブサイトは個人のものではなく、動画専門サイトだったり、それなりのポータルサイトやバーティカルサイトなのです。警告を受けた32のウェブサイトの中に、「土豆網」も含まれていたのです。

『インターネットの動画コンテンツ・サービス管理規定』のスゴミは、「国有企業がマジョリティを持つ企業でなければ、動画配信の許可証を与えないよ」というところです。
「土豆網」など中国の人気動画サイトは、既にアメリカや日本・韓国・中国などのVC(ベンチャー・キャピタル)から100億円を越える出資を得て成り立っています。つまり、実質的には外資企業なので、規定が厳格に運用されるなら許可証をもらうことはできません。許可証を得るために内外のVCが国有企業に株式を譲渡するなら、VCが大損することになりますし、動画サイトの運営会社は実質的に資金調達できなくなりますから、ビジネスが破綻してしまうことになるのです。
そんな規定をそのまま運用したら、インターネットやメディアを中心とした"ライセンス産業"に流れていた外国資本は中国から一気に引き上げてしまいますから、さすがの中国も、そんな大それたことはしないだろう、というのが大筋の見方でした。
ですから今回、警告を受けて"自主的"であるにせよ「土豆網」が丸一日閉鎖されたことに、ネット・ビジネス関係者は大きな衝撃を受けたようです。

中国ラジオ映画テレビ総局は中止や警告の理由として、<それらのサイトには、猥褻・卑猥な、暴力的な、そして国家の安全と利益に危害を加える内容の動画が含まれていて、健康的なサービスを求めている規定に符合していない>ことを挙げています。

折りしも3月10日頃から、チベット情勢が緊迫し始めました。しかし3月14日に中国国営の新華社が報道するまで、中国国内では公式な報道はなされませんでした。とは言え、一部の中国の人たちはインターネットを通じてチベットの出来事を知ることができたのです。その一翼を担ったのが「土豆網」などの動画サイトでした。香港を中心とする中国国外のニュース映像がアップロードされたからです。
「土豆網」は中国ラジオ映画テレビ総局の圧力を受けて、丸一日かけて"不穏当"な投稿動画を削除し、監視体制を再強化したのです。そして「閉鎖命令」ではなく「警告」という比較的甘い処分を何とか勝ち取ることができたのでしょう。
つまり、3月14日に「土豆網」が丸一日閉鎖に追い込まれたのは、チベットでの出来事に関わる"国家の安全と利益に危害を加える内容の動画"の掲載が要因だったと推測されるのです。
これまでにも、GoogleやYahoo!が"中国当局の意向"によってキーワードをブロックしたり、ユーザーの個人情報を中国当局側に提供したとして非難を受けましたが、中国を稼ぎどころにしたい「土豆網」としてはいっそう素直に応じるしかなかったのでしょう。

ご存知の通り、中国ではインターネットの高度なフィルタリングが行われています。
気に入らないウェブサイトを丸ごとアクセス禁止にすることもできますが、"不穏当"な情報だけアクセスできないようにすることもできます。
海外のニュースサイトなどは、丸ごとアクセスできなくすると強く抗議されるので、できるだけ"不穏当"な情報(記事)だけ中国側からみれないようにしてきました。それでも言論統制だ、などとの批判が強くなったので、特定のユーザーからの"不穏当"な情報へのアクセスだけを遮断できるような工夫も施されるようになりました。これだと、「ネットワークの調子が悪かった」で済む可能性が大きいですから。

ところがチベット情勢が厳しさを増した15日頃からは、中国からYouTubeへのアクセスができなくなりました。コンテンツの内容をいちいちチェックして、コンテンツごとのフィルタリングを行う余裕が無くなったのでしょう。
14日の「土豆網」一時閉鎖にも、中国当局の慌てぶりが窺われます。
しかも、今回の動きはいわゆるメディアの報道管制を取り仕切る、どちらかと言うと保守的な中国ラジオ映画テレビ総局を中心に行われている様子で、インターネットや通信を管理する、どちらかと言うと開放的な情報産業省(信息産業部)があまり表に出ていない感じです。

チベットの件で、世界の目が中国に集まっているさなかに、インターネットの規制強化を実行に移すなんて、あまりにもセンスの無いやり方で、"頭の良い"人たちが考えているようには思えないのです。
最悪なタイミングで最悪な動きをすること自体、中国当局が追い詰められているようにすら感じます。
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by pandanokuni | 2008-03-24 08:53 | 社会ネタ
胡錦濤や温家宝も、ダライ・ラマ14世も事態収拾への影響力を失ってしまったのではないだろうか?
3月14日までは、人民解放軍は表立った制圧行動に踏み込んでいなかった、と考えることはできそうです。
これはチベット人の女性執筆家のものとされるWoeser's Blogの記述からの推測です(産経新聞福島記者の北京趣聞博客 (ぺきんこねたぶろぐ)にて日本語で読むことができます)。

3月14日まで中国側の制圧行動の主語は"当局軍警""警察"武警"で、恐らく「武装警察」が中心だったことが窺われます。13日までの制圧行動は、"殴打""催涙弾"でしたが、14日に初めて"開槍"(発砲)という記述が表れます。
日本人旅行者が撮影したものとしてメディアに公開された写真の装甲車・機動車などは、私のみた限り「武装警察」のもので、恐らく14日までに撮影されたものではないかと考えます。
14日に"当局取消了開槍禁令"つまり<当局は14日に発砲禁止令を解除した>とあります。そして、15日の記述に、<ラサは当局の調整により「正規軍」によりコントロールされた>とあります。人民解放軍が正式に投入されたのは15日になってからなのでしょう。外国の通信社が配信した、新聞紙で解放軍のマークを隠した機関砲車の撮影時期が確認できませんでしたが、おそらく14日か15日以降なのではないでしょうか。

3月10日から発生したチベット仏教の僧侶を中心に行われた中国当局への抗議行動やデモに対して、少なくとも13日までの中国当局は、発砲に関して自制し、正式な意味での正規軍(人民解放軍)の投入はしていなかったのではないかと推測できます。
もちろん、それ以前に催涙弾や警棒その他を駆使した殴打など(彼らにしてみれば自制が効かしたつもりでも)、チベット人にとっては耐え難い暴力を用いての制圧行動と、抗議行動の指導者・参加者を不法に拘束するという方法で、チベットの人たちの中国当局や漢民族に対する"怒り"を燃え上がらせたのでしょう。

18日に第11期全国人民代表大会(全人代)閉幕後の記者会見で、「ダライ派が組織したものだ」と引きつった顔で言い切った温家宝さんをテレビニュースでみたとき、私は何だか操り人形でもみているような感じを受けました。
89年の天安門事件のとき、温家宝さんは趙紫陽さんとともに学生側に同情的でした。天安門広場に陣取る学生のところに赴いて、平和的に説得を試みたのも温家宝さんでした。もちろん、時も流れて権力の頂点に立てば、態度も一変するかもしれません。
しかし、中国中枢部の見解として、早々に「ダライ・ラマによる計画的な騒乱」と位置づけたこと自体、言葉の上では「調和(和諧)社会」を打ち出している胡錦濤さんと温家宝さんらによる指導体制で決めたことにしては、浅はか過ぎるように思えたのです。

ダライ・ラマ14世は、非暴力と"調和"の路線を堅持しようと思っていたはずです。
一連の事件が発生する前の3月7日、「ダライ・ラマ14世が北京オリンピックを妨害しようとしている」と言い出したのは、中国チベット自治区の張慶黎・同区共産党委員会書記だったようです。ダライ・ラマ14世の側近は翌日(8日)、ロイターの電話取材に「ダライ・ラマは北京五輪をずっと支持しており、そのことを再確認した」と述べています(ロイター日本語サイト)。さらに、"チベット民族平和蜂起49周年記念日"である3月10日の声明でも、条件付ではあるものの北京オリンピックの支持を打ち出していました。
中国の人々は、今年中国で開催されるオリンピックを誇りに思い、たのしみにしています。私もまた当初から、中国がオリンピックの開催国となる機会を得られるようにと、支持しておりました。国際的な競技大会のなかでもとりわけオリンピックは、言論の自由、表現の自由、平等と友好が第一とされます。中国は、これらの自由を提供することによって、良識ある開催国であることを証明するべきです。それゆえに、国際社会も自国の選手を北京に送り込むだけでなく、このような問題に中国政府が取り組むべく喚起する必要があります。多くの国の政府、世界中の非政府組織や個人が、オリンピックを機に中国が前向きな変化を遂げられるよう事業の多くを引き受けていると聞いています。このような方々の誠意を、私は深く称えています。オリンピック閉幕後の中国を見守ることが非常に重要になると、私は断言したいと思います。オリンピックが中国の人々の心に大きな衝撃を残すことは確実です。世界の国々は、オリンピックが閉幕しても、中国内部で引き続き前向きな変化が生まれていくよう、彼らの結集したエネルギーがいかに活かされていくか模索していく必要があります。
ダライ・ラマ14世が、チベットの独立ではなく"高度な自治"の獲得という現実的な路線を平和的に推し進めようとしていることは、既に国際社会のコンセンサスを得ていると考えてよいでしょう。

中国の対外情報の収集と分析の能力、外交戦略について、私は少なくとも日本のそれより勝っていると考えていますし、まして北京オリンピックの成功にこだわりを持っている中国の中枢部(具体的には胡錦濤さんや温家宝さんら)が、ここまでKYとは思い難いのです。

ここで気にかかるのが中国の軍部を中心とする"強硬派"の暴走です。
上海閥との権力争いにはほぼ決着がついたとしても、現政権の中枢は磐石ではありません。特にいまだ強力な影響力を持つ軍部は日和見なところがあって、この時期に開催されていた全人代において、胡錦濤さんの規定路線に沿って事実上の後継を決めてしまうやり方に、反発も大きかったのではないでしょうか。
13日或いは14日までのラサを中心とするチベット人の抗議行動に対する胡錦濤執行部の対応の甘さを軍部に突かれ、14日以降軍部を中心とする"強硬派"の発言力が急速に増したと考えることもできるのではないでしょうか。。

89年のチベット事件で強硬路線を貫き出世したといわれる胡錦濤さんも、世界からイヤでも注目を集める国家の頂点に立ち、「調和(和諧)社会」なんて打ち出したものだから、かつてと同じ強硬路線で制圧するのは得策ではない、と考えた可能性は高いと思います。現に14日の段階で「チベットの安全は全国の安全にかかわる」みたいな曖昧な発言で、"ダライ集団"による計画性には触れていません。軍部がこうした"甘さ"を突いて、対応の主導権を奪ったと想像したくなります。
さらに言うなら、15日以降の中国のBBSの書き込みは、軍部賞賛の方向に流されている感じすらあります。

いっぽうチベット人もダライ・ラマ14世のもとで、一枚岩になりきれなかったのかもしれません。彼が打ち出している"高度な自治"や"非暴力"という穏健な路線に不満を持つ人たちがいるのも事実でしょう。
中華人民共和国の領土内で中国当局や他民族に抑圧された生活を現実として送っているチベット人にとって、精神世界を糧に理想を思い描きながら忍耐強く生き続けるには、もはや限界に近い状態になっていたのでしょう。
そうした人たちにとって、北京オリンピックが開催される今年こそ、最後のチャンスなのかもしれません。ダライ・ラマ14世の意志に背いてまでも、行動を起こす必要性に駆られたのかもしれません。

このように推測していくと、チベット事件の解決において、中国の中枢部もダライ・ラマ14世も実質的な影響力を失ってしまっている、と言う感じがして、行く末が恐ろしく心配です。
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by pandanokuni | 2008-03-23 15:05 | 政治ネタ
チベット人はやはり"ふしあわせ"だろうか?
「チベット人は”ふしあわせ”だろうか?」。2度目のチベット"観光"旅行を終えた感想を当ブログに書いたところ、たくさんの反響をいただきました。こんな主旨でした。
青蔵鉄路が開通し観光資源が掘り起こされたことにより、多くは移り住んできた漢民族の懐を潤すことになったとしても、苦難の昔に比べればチベット族の暮らしぶりも少しずつではあるけれど、豊かになりつつある...ダラムサラのダライ・ラマ14世も時流に逆らって国王に戻るより、受け継がれた地で、現実的な環境の中で精一杯暮らしているチベットの人たちの心の支えで居ればいいと思っているのではないだろうか。チベット人がブッダやダライ・ラマを慕うことができる"こころの自由"が脅かされないのであれば、私たちが彼(彼女)らを"ふしあわせ"だと案ずることのほうが、間違っているかも知れない。
この10日ほど、チベットやその周辺のチベット人が暮らす中華人民共和国の支配地で起こっていることについて、自分として納得がいくほど情況を把握できていません。

1959年にチベット事件がおきた同じ3月10日、ラサ市内のチベット仏教寺院で行われた僧侶などによるデモ或いは抗議集会が今回の事態の始まりと思われます。
政治犯として拘束されている仲間の釈放を求めるためとも、漢民族のチベットへの"移民政策"に抗議するためとも報道されているようです。このデモ或いは抗議集会を、中国側の武装警察または軍が力によって抑圧しました。殴ったのか、催涙弾を使ったのか、はたまた殺傷能力のある武器を使ったのか、戦車や装甲車で踏みつけたのか、わかりません。しかしデモ或いは抗議集会に対する抑圧行動によって、多くのチベット人やチベット仏教の僧侶が亡くなったり、ケガを負ったのでしょう。

中国側の対応は、チベット人やチベット仏教の僧侶の態度を硬化させました。彼らは恐らくコントロールを失い、漢民族など他民族に関係する商業施設などを標的に暴力的な行為を行ったのでしょう。そうした行動は、中国側が更なる力によって抑えつけるべき標的となりました。
現在中国各地のチベット人居住地域に広がっている事態は、1次的にはこうした中国側の対応に対する抗議という意味合いが強いと思われます。

まず、はっきりすべきことは、3月10日のデモ或いは抗議集会が何に対して行われものだったのか。そして、中国側の抑圧行動はどのようなものだったのか、の2点だと思います。
この点、日本のメディアは何も明確にできていません。そもそも、日本ではメディアが「チベット暴動」と伝えていますがが、お家元の中国メディアですら「西蔵事件」と言っています。もちろん、"事件"を使うことに別の意図も隠されていると思いますが。当事者ではない第三者によって、事態の経緯を客観的に調査することが何よりも大事だと思います。

私が知る限りにおいて、チベット仏教の教えは暴力に結びつくものではありません
たとえどんな不幸な情況に陥ったとしても、それを周りの環境や他人のせいにするのではなく、自分の輪廻として受け入れられる精神力を鍛えることこそ修行であり、怒りを顕わにし暴力に訴えることこそ、無知による煩悩の仕業から逃れられない凡人の行動なのですから。
ダライ・ラマ14世と同年代でチベット仏教の"活仏"の一人であるトゥルク・トンドゥップの著書『心の治癒力―チベット仏教の叡智』にはこうあります。
僧侶たちの大半は、じぶんの不幸な体験を、他人のせいにすることなく受け入れ、そのことによって癒されていた。じぶんの不幸を他人のせいにすれば、たしかに一時的には良い気分を味わうことができる。だが、結局のところ、苦しみと混乱は大きくなるばかりだろう。他人のせいにせず、状況を受け入れることこそ、真実の癒しの始まる転回点である。そのときはじめて、心の治癒力が始動する。
ですから中国側が配信する映像の中で、漢民族の商店や銀行を足蹴りしている修行僧をみたときは少なからぬショックを受けました。もちろん、鍛えられた精神ですらコントロールできないような背景があったのでしょうけど。

ダライ・ラマ14世を頂点とするチベット仏教徒の意識が平和的運動による"独立"或いは高度な自治権の獲得であると信じる者にとって、中国側が主張する「ダライ集団による扇動」「ダライ・ラマ14世の関与」は、非常に稚拙な論理だと思いますし、北京オリンピックを間近に控えた中国にとって国際世論に対する上で間違った戦略だったと思います。

ただ、かつてアフリカやアジアを植民地にし、現地人から搾取し苛酷な生活に追いやった西欧をはじめとする国々が、オリンピックのボイコットも含めて中国を一方的に非難することについて、正直なところ若干の違和感を覚えています。
かつて自国の繁栄のため、非効率なエネルギー利用によって、さんざんCO2など地球環境に悪影響を及ぼす物質を排出してきた国々が、あとから経済発展を始めた中国やインドにイチャモンをつけるのと同じようにも感じます。
かつての日本も、西欧諸国の躍進に少しだけ乗り遅れただけで、"悪者扱い"されボコボコにされてしまったのですから、世界の時流が民族国家のほうに向いているとしても、少数民族の支配や独立に関する問題とその解決方法は、現時点の情勢だけではなく、歴史の流れを遡った中で冷静に行われるべきでは無いかと思います。
一応第三国の日本としては、西欧諸国のように「オリンピックはボイコットだ」などとヒステリックに反応するよりも、冷静になって事実に近づく手がかりを捜し求めることと、当事者の間に入って平和的に問題が解決できるよう骨を折ることこそが肝要なのではないかと思います。もちろん、西欧諸国をはじめとする国々にもそのような対応を期待しています。
そうした第三国の好意を頑なに拒否すれば拒否するほど、中国側は苦境に立たされるでしょうし、国際社会のコンセンサスを得られる解決に向けた行動こそが、中国が国際社会のリーダーとして認められるための条件でしょう。いつまで経っても、そうした対応ができないのであれば、一部の皆さんが予測するように、中国の崩壊に向けた加速度が増していくはずです。

「 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所からのアピール/日本の皆さまへ」の中でも、日本の協力が求められています。
チベット人は、中国による植民地統治のもとで、現在に至るまで想像を絶する苦しみを強いられてきました。いくら中国側が、「チベットは発展し、チベット人は幸せになった」と述べ立てたところで、今回の事件は、中国の統治下におかれたチベット人は、まったく幸福ではない
以前このブログで<中国の中にあっても、チベット人は少しずつ"ふしあわせ"な状態から抜け出すことができるのではないか>と書いた自分の論理が、中国側の主張と何ら変わりが無い、とは思いたくありません。
チベット仏教の寛容な精神によって現実を受け入れながら、チベット人は平和的な方法で自由な権利を広げていくのだろう、という理想から生じた想いだったのです。少なくとも当事者の一方は、そうであると。
その想いはいまも変えたくはありませんが、チベット僧侶の怒りの行動をニュース映像で見てしまうと、理想と現実の距離を改めて思い知らされました。

それにしても、中国のインターネット・アクセス禁止システムはたいしたものだと思いました。
日本からのアクセスでも情報統制できるんですね。いつもどおりアクセスできるBAIDU Newsも、チベット関連のキーワードを入力した途端に繋がらなくなっちゃいました。
日本のケータイ・キャリアはもっと努力してほしいものです。
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by pandanokuni | 2008-03-20 20:59 | 社会ネタ