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南京惨殺「30万人」と靖国神社参拝の関係
温家宝・小泉両首相の会談では、またしても小泉さんの靖国神社参拝について言及があったようです。
一国の首相がどんな宗教を信じようが、どんな行動をしようが、それは他国の話であって、そのことにアレコレいちゃもんをつけることが「内政干渉」になってしまうことは、中国側も当にご存知でしょう。
日本の首相が靖国神社を参拝することを、中国側が問題視するのは靖国神社が「A級戦犯を合祀している」からであって、だからこそ内政干渉ではなく外交問題になり得るのだそうです。

A級戦犯は極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」で認定されました。つまり、国際的な司法によって、戦争犯罪人と判断された人たちです。当然戦争の相手国であった中国や中国人にとっては、国際司法が正式に認めた罪人であり「公式な」仇になるわけです。

話が飛びますが、中国では歴史教科書も含め、いわゆる「南京大虐殺」、つまり南京陥落の折、日本軍に惨殺された中国人の数は「30万人以上」ということになっています。それで一部の日本人などは30万人以上と言うのは嘘だ、とか根拠が無い、と反論しています。
確かに、前述の「東京裁判」という国際的な司法判断では「30万人以上」を認定しませんでした。検察側は「集団的に殺害された19万人以上、個別に虐殺された15万人以上」つまり合わせて「34万人以上」という主張をしたそうですが、当時の南京市街の人口が20万人程度だったと言う状況を鑑み、判決では採用されなかったのです。東京裁判の個別判決では10万人以上、と言うのがあったらしいのですが....
もちろん、南京における惨殺があったのはこの裁判でも事実と認定されているわけですし、10万人でも30万人以上でも、過去に一部の日本人の犯した過ちの重大さには違いが無いはずですから、こうした論点そのものに私自身は意味性を感じていないのですが....

ここで不思議なのは、A級戦犯を認定したのも、南京での犠牲者が30万人以上と認定しなかったのも、極東国際軍事裁判(東京裁判)だった、と言うことです。そして、ここから派生する問題が現状の日中関係をギクシャクしたものにしている点です。
そもそも東京裁判は、戦勝国が敗戦国を裁くと言う、どう考えても公平性が怪しまれる条件で行われたものですから、判決そのものに合理性や正当性があったかすら論点になってしまいます。
しかし、そこを敢えて「国際的な司法による判断」として捉えた場合、どうでしょうか。

A級戦犯は犯罪者であり戦争相手国に多大な損害を与えた当事者になりますから、そうした人たちを「神」として祀るような神社にお参りに行くのは、確かに戦争相手国だった中国にとっては不快極まりの無い行為ですし、過去の「犯罪者」を美化することになる、と言えてしまうのではないでしょうか。
一方、同じ国際的な司法による判断では、南京で惨殺された人の数を「30万人以上」と認定していません。ですから、中国も反日教育の一環でこの数字を強調するのも「歴史」を正しく伝えていない、と言うことになるでしょう。
A級戦犯を定義した極東軍事裁判の判決を国際的な基準とするのであれば、中国の歴史教科書や歴史記念館に記された「30万人以上」は「10万人以上」に改めるか、具体的人数を記載しないように改めるべき、と言うことになります。

怪しげな裁判の判決であれ、それをスタンダードにするのであれば、日本の首相は靖国神社参拝を、中国は30万人以上という数字を使った反日教育を、お互いに取り下げてしまえば良いのです。そうすれば、日中関係も少しは前向きになっていくような気がするのですが、いかがでしょうかね。
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by pandanokuni | 2004-11-30 20:57 | 政治ネタ
ついに、中国琵琶を買ってしまいました!!
b0047829_17164631.jpg女子十二楽坊が世に出てから、中国の楽器がさりげなくブームになっているようです。私は自慢じゃないですが、大学生の頃からずっと中国琵琶に憧れを持っていました。ピストルズジョン・ライドンのPiLを愛していたその頃の僕の彼女が、なぜか中国琵琶奏者・何 樹鳳のアルバムを聞いていたのです。そのアルバムの中の「十面埋伏」という曲に痛く痺れてしまいました。漢の劉邦と楚の項羽の戦いをドラマティックに描いている曲なのだそうですが、4本しか弦を持たない楽器の独奏とは思えないほど、抑揚があって広がりがあって表現力があって感動的でした。かと思うと、新疆地区の民族音楽が元歌の「天山の春」のように、癒し系の楽曲もイケちゃっていました。それから彼女は津軽三味線という方向に進んでしまいました。打ち込み系でナンパ音楽をやっていた僕とは対照的に....

女子十二楽坊に続いて、琵琶奏者のティンティンとか蒋 彦(ジャン・イェン)とか出てきたのがリマインダーになったのは確かですが、どうしても欲しくて、ついに買ってしまいました。

北京の観光スポットのひとつ瑠璃厰の南側に、楽器店が並んでいます。面白いことに、このあたりの楽器店の多くは、エレキやシンセなどの現代的楽器と二胡や琵琶などの中国固有の楽器のどちらも置いているのです。私はここに行くのが大好きで、この7年間でさまざまな楽器を買いました。国産で単板のアコースティックギターなら300元くらいからあります。音程に難があるものも多いですが、しっかり時間をかけて選べば、それなりの逸品を破格値で手に入れることができます。ここで買ったバイオリンを、日本の専門家に鑑定してもらったことがあるのですが、日本で買うと20倍くらいの値段になるくらいの逸品だ、と褒められたことがあります。

中国琵琶については、ド素人ですので、お店の人を全面的に信頼して見繕ってもらうことにしました。
私のリクエストは、装飾よりも音重視。音量があって、音程がしっかりしていて、低音から高音までバランスが取れていること。3軒お店を回りましたが、500元くらいから見繕ってくれたので、実際に音を出してみて、最も気に入った中国琵琶をソフトケース、弦2セット、爪2セット、スタンド込みで1,500元で購入しました。著名らしい創作者の姓名がクビの象牙のところに彫られていて、お店の人曰く、初心者には勿体無いくらいのシロモノだそうです。

中国琵琶にはいくつかの調弦方式があるようですが、私は低いほうからA-D-E-Aでチューニングしました。開放弦を爪弾くだけで相当にエキゾティックな音程です。
日本の琵琶は「バチ」を使うことが多いのですが、中国琵琶は爪で弾きます。べっ甲で作った爪を、本当の爪に両面テープで張ってその爪で弾くのが一般的です。ギターのように弦によって上からも下からも爪弾くようなアルペシオ奏法ではなく、弦を下から上に、つまり外側へと掻き下ろす奏法が主流です。マンドリンのようなトレモロ奏法も多用されるのですが、基本的には1本の指で行うようです。
自分の爪でもうまく弾けないのに、付け爪だともっとまごついてしまいます。当面はギターのピックを使うことにしました。

いまは開放弦を弾き下ろすだけでも、幸せな気分です。
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by pandanokuni | 2004-11-29 17:18 | ひまネタ
北京でセザンヌ、北京人のマナーに驚愕。
中仏文化年の催しの一貫として、北京の中国美術館で開催されていたフランス印象派展に行ってきました。b0047829_225045.jpg
最終日だったこともあり、美術館前のチケットボックスにはチケットを求める人たちが100mほどの列をなしていました。北京のこの種のイベントでは、関係者に招待券がたくさんばら撒かれ、タダ券を入手した人たちがどんなイベントかもわからずにやってきたりしますし、そうした招待券がダフ屋に回って、門の辺りでダフ屋が定価よりも安い価格で売りさばいたりしていることが多いので、当日券売り場に行列ができることなどあまり見たことはありませんでした。もちろん、この美術館周辺にもダフ屋はいましたが、定価20元のチケットを25元で売っています。この値付けからも、この美術展の人気の高さが伺われました。

チケットを買い求める行列に、ちょっとした違和感を感じました。整然としているのです。警備員が列を整理している様子も無いのに、2列になっていて、車道に届く手前から、直角に曲がって車道に並行に続いています。北京では日常茶飯事の割り込みもありません。後から来た人たちは、整然とした行列を目にして、そのまま最後尾へと向かっていきます。
館内に入ると、また行列に遭遇しました。やはり100人ほどが整然と並んでいます。何の行列かわからないので、通りかかる人たちが「何の行列ですか」と尋ねていきます。解説を聞くことができるイアレシーバーの貸出のための行列でした。

展示室に入ると、印象派の絵画の前に3重4重に列ができています。ところが、とても整然としているのです。
北京に長く住んでいる人であれば、ここの人たちのマナーの悪さはよくご存知のはずです。バス停、スーパーのレジ、銀行、行政の窓口、ファストフードのレストラン....行列が行列になっていない状態、行列になっていたとしても平然と割り込みされたり、異様に接近されたり、真横に並ばれたり、大声で話し合う人たち、ケータイの着メロ....。こうした騒然としたカオスこそ、北京そのもの、と言っても過言ではないでしょう。もちろん最近は、若者や高所得者層を中心にマナーが良くなりつつありますが、お金持ちと高学歴者が多いはずの空港のセキュリティ検査などでも、まだまだマナーの悪い人がいるのです。

美術館という場所柄を差し引いても、この整然さには、何となく違和感を感じました。絵画の前にできた列の最後尾について暫くすれば、何も声を掛ける必要も無く、すこしずつ自然と絵画に近づくことができるのです。つまり絵画の鑑賞を終えた最前列の人たちが、するりとよけてくれて、次の絵画の列の最後尾へと流れていきます。そして2列目の人が最前列に出ます。その後ろやもっと後ろにいた人が、いきなり最前列に割り込んだりせず、一列ずつ前に進むのです。当たり前のことかもしれませんが、この整然さには本当に驚きました。

しかも、ケータイで話す人はもちろん、ケータイを鳴らす人、大声で話す人もいません。
北京ではクラシックコンサートの最中にもケータイが鳴ったりします。鳴るだけなら仕方が無いのですが、その電話を受けて話し始める人もいました。周りの人に気遣って、客席からホールへと出て行きましたが、かなり大きな声で話していました。最近改装した天橋劇場という京劇などを中心に行うホールには、ケータイ・シールドが設置されたそうです。マナー改善が望めないので、ケータイの電波そのものを遮断してしまおう、ということでしょう。確かにこのホールの客席に入ると、ケータイのアンテナは立たなくなってしまいます。

中国美術館にモネやセザンヌを鑑賞に来ていた人たちは、20代の若者中心でした。学生や会社員のカップルが多いようでした。もちろん小学生くらいの子供をつれた家族もいましたが、そうした子供も会場を走り回ったりするような悪ガキではありませんでした。ここが北京か、と驚くほど、整然と印象派の絵画を鑑賞していたのです。日本で開催される美術展でもここまで厳粛か、と思えるくらいにです。
何故こんなにマナーが良いのか不思議でたまりませんでした。20元という入場料を考えると、お金持ちのセレブだけが来ていた、とは言えないでしょう。ただ、北京にもこういう「常識派」の人たちがたくさんいるんだ、ということを思い知らされました。

この中国美術館、カンデンスキーなどロシアの絵画の収蔵が多いのは何となく納得できますが、ピカソの秀作なども常設展で見ることができます。景山公園から程近い好立地ですから、北京観光のコースに加えてみてはいかがでしょうか。

タクシーを奪い合う人たち、赤信号を駆け渡る歩行者、レジに割り込むおばさん、投げ捨てられた紙コップ....美術館を出て王府井に向かう道すがら、いつもの北京に戻っていました。
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by pandanokuni | 2004-11-29 02:04 | ひまネタ
衝突防止装置付き中国人のマネしてはいけません
北京の大きな通りで横断歩道を探すことはたいへんです。中心部の大通り「長安街」には1km以上も横断歩道が無い箇所があります。もちろん地下道で向かい側に行けることにはなっていますが。長安街ならずとも、数百メートル横断歩道が無い通りも多いのです。歩道橋や地下道があったりするのですが、階段はやはり面倒です。そこで、横断歩道ではない大通りを横断することが主流です。

そもそも、北京で横断歩道を渡ったからといって、安全と言うことにはなりません。日本では横断歩道を渡る歩行者を見かけたクルマはたいてい止まってくれます。でも、北京では歩行者が横断歩道を渡っていても、クルマが平気で突っ込んできます。もちろん、事故になったら歩行者側が有利なのでしょうが、クルマをうまく避けて渡らなければならないのは、横断歩道でも一緒です。だったら、数百メートル遠回りして横断歩道を渡らなくとも、大差はありません。

北京の人たちは、大通りを渡るのがとてもウマいのです。クルマが絶え間なく走ってくるのに、その間隙をついてスルスルと横断します。で、ヤバイと思うと、車道のど真ん中でも立ち止まって、クルマをやり過ごしたりします。クルマのほうも、横断する歩行者にぶつからないように、ほんの少しハンドルを切ったり、加速したり、減速したりします。日本人が見ていると、「あっ、危ない」と思うようなタイミングでも、北京の人たちは車道をうまく横断します。

これを日本人がマネするとなかなかうまく行きません。まず、渡るタイミングが掴みきれないのです。いまだ!と思い切って駆け足で渡ろうとすると、クルマが急に加速して危ない目に遭ったりします。目の前のクルマをやり過ごそうと遅足になると、向こうのクルマもスピードを緩めてしまって、運転手にイヤな顔をされたりします。安全だろうと思って、馴れていそうな北京人の後ろについて渡ってみても、彼らが急に速足になってしまい、こちらは車道のど真ん中で取り残されそうになったり、急に減速する彼らにぶつかってしまったりします。
以前、私とともに横断歩道でない車道を渡ってしまった日本からの出張者がタクシーと接触する事故もありました。幸いケガはありませんでしたが、それ以来、日本からの出張者と一緒の場合は、遠回りになっても横断歩道か歩道橋を渡ることにしています。

私から見ると、北京人には衝突防止装置が付いているとしか思えません。クルマ同士の物損事故は頻繁に起きていますが、歩行者とクルマの重大な人身事故は、北京市街地では意外に少ないようなのです。あれだけ、交通マナーが悪いのに、です。ヒトはうまくクルマを避けますし、クルマもうまくヒトをかわします。少なくとも私たち日本人にはマネができません。
私が思うに、これはこの地域の人たちが騎馬民族をオリジンにしているからではないでしょうか。北京の歴史をたどれば、純粋に漢民族王朝の首都だったと言えるのは明の時代くらいのものでしょう。元朝にしても清朝にしても、騎馬民族による征服王朝だったのですから、この地域の人たちのご先祖様の多くは馬をパッかパッか乗り回していたと考えてよいでしょう。

これは、自転車同士の衝突防止機能でより明確に感じます。私は北京で自転車を乗り回しています。昔ほどではないにせよ、北京にはたくさんの自転車が走っています。大きな通りには自転車専用レーンがあって、比較的整然と走っているのですが、混んでいるときには幅寄せに遭ったり、一方通行のはずなのに向かい側から自転車が走ってきたりします。
特に、対向して走ってくる自転車をかわす彼らの自転車捌きはたいしたものです。右に避けるとか左に避けるという決まったルールはないと思うのですが、猛スピードで正面衝突しそうに見えても、お互いスルリとかわして、何事も無かったかのように、すれ違うのです。しかも、たくさんの自転車が並行して走っているのです。これは、騎兵戦に長けた騎馬民族をどうしても彷彿させてしまいます。
ただ、自転車や歩行者をかわすことができる騎馬民族も、さすがに自動車のようにガタイが大きくなってしまうと、つらそうです。

どちらかと言うと農耕民族出身の私は、この7年間に5回ほど自転車事故を起こしてしまいました。
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by pandanokuni | 2004-11-25 15:04 | 社会ネタ
(出張者をお連れする)カラオケは好きじゃない!
北京で日本人がカラオケと呼んでいるのは、日本のカラオケボックスとは趣きが違います。通常は男性だけのグループで行きます。個室になっていることには変わりありません。フツーは5人~10人が入れるくらいの広さになっていて、ソファーが置いてあります。
人数に見合った広さの個室に通されると程なくお店のマネージャーが若い女の子を10人~20人引き連れてやってきます。女の子はフツー赤や青や黒や白のチャイナドレスを着ています。お客さんは、その中から気に入った女の子をそれぞれ一人ずつ選びます。それから女の子たちはそれぞれのお客さんの隣に着席します。そして飲み物(通常は偽物ブランドのウィスキー)を注文し、女の子たちがお客さんの飲み物を用意して、一緒にお酒を飲むのです。
あとは、それぞれが選んだ女の子とお酒を飲みながらおしゃべりを楽しんだり、カラオケを歌ったり、歌ってもらったり、個室にいるみんなでサイコロやカードを使ったゲームをしたり、ゲームで負けるとお酒の一気飲みをさせられたり、と基本的にはそういうお店です。

お客さんをアテンドする女の子たちは、通常そのお店に雇用されている従業員ではありません。男性のお客さんと同様、そのお店の女性のお客さん、という立場が建前の場合が多いのです。従って、その女の子たちの稼ぎはお店が保証するのではなく、アテンドされた男性のお客さんからいただくチップが彼女たちの主たる収入源になるわけです。ですから基本的には、より多くのチップをもらえるよう、お客さまによりご満足いただけるサービスをすることになっています。

個室ですからいろいろなサービスが可能になります。罰ゲームがお酒の一気飲みから、服を一枚ずつ脱いでいく、というルールに変わります。王様ゲームも過激になります。ただ、カラオケには仲間や仕事関係者と連れ立って行くのが通常ですから、一線を越えたサービスとなると、通常は場所を代えることになります。それもOKという女の子もたくさんいるわけです。
ということですから、カラオケに行ったにもかかわらず、1曲もカラオケを歌わないでお店を出ることもあるわけです。

私も北京に赴任したばかりの頃は、自らすすんで行きました。でもこの種の遊びはスグに飽きてしまいます。それで半年もするとすっかり興味を失ってしまいました。他にもっと楽しい遊びも見つけてしまい、このカラオケの費用を自腹で払うにはどうしても割高感が付きまとうのです。あの程度の女の子、あの程度のサービスに、あれだけのコストを支払うのは、どうも納得がいかなくなってしまいました。
ですから今では、日本から出張でいらっしゃる取引先の方や本社の上司・同僚に「夜の北京」を案内する必要があるときにしか行きません。

b0047829_19583254.jpg女の子との会話が中心のスナックは、日本語の話せる女の子が何人かいたとしても、やはりお客の日本人のほうが中国語をある程度話すことができないと面白くないのです。中国語のまったく話せない日本からの出張者をスナックにお連れした場合、私はほとんど通訳と化してしまいます。私も疲れますし、お連れした日本人もあまりハッピーではありません。
ところがカラオケの場合、最初にお店のシステムを説明してしまえば、あとは放っておいても大丈夫なのです。もちろん、みんなでやるゲームのルールの説明や、店外デートの注意事項など、ポイントごとに対応は必要ですが、あとは男と女。その営みに言葉など通じなくとも何とかなるわけです。しかも、ご案内した皆さんの満足度も比較的高いのです。

接待の場合、公金による支払いが認められます。接待相手が取引先の場合は、その方にチップを払っていただくわけには行きませんから、チップ分も含め全額領収書を発行してもらい精算します。しかし、本社など身内の接待となると、社内的倫理観からかガイドラインからか、そういうわけにはいきません。部屋代・飲み代は公金支出となる場合が多いのですが、アテンドしてくれた女の子に支払うチップは、それぞれが自腹で払うことになります。つまり、自分が行きたくもないカラオケに行って、ガイド役まで引き受けているのに、300元(約4,000円)も自腹を切らなければならないのです。そうは言っても、そこそこ楽しんでいるんじゃない、とか思われるかもしれません。でも出張者をお連れするカラオケって、ホントに楽しくないのです。そもそも、こちらには、その気が無いのですから...払いたくないチップを製造するマシーンでもあるといいのに、と思ったりします。

自宅にインクジェットのカラー複合機があるのですが、日本で3万円ほどで買った割にはカラーコピーもなかなかキレイなのです。こんど出張者をカラオケにご案内するときは、赤い毛沢東さんの100元札で試してみようか、などとちょっと考えてしまいました。でも、写真はホンモノの100元札です、ホントです....
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by pandanokuni | 2004-11-24 18:35 | ひまネタ
[検証]アジアカップ2004決勝戦-8[日本人保護区に押し寄せた中国人]
ゲームが始まるまで、日本人サポータが指定された第1ブロックは約7割ほどの入りでした。中間通路を挟んで前列は窮屈なほど埋め尽くされていました。日本からツアーなどでやってきた熱狂的なサポータが多かったようで、早いうちに席を確保したのでしょう。通路の後ろ側は、中国に住んでいる日本人が多かったような感じです。俄かサポータというか、仲間内だったり家族連れだったり、いろいろです。私たちの仲間はブルーの代表ユニフォームで固めましたから、その中では気合の入ったほうです。このあたりのサポータが用意した横断幕や旗には「日中友好」「仲良くやろう」のようなメッセージが目立ちました。
当然、前のほうから場所を陣取りますから、後ろの列と武装警察グループの陣取る第2ブロック側の席はかなり空いた状態でした。

キックオフ。もう中国側サポータの声援で、隣の仲間との会話もできないくらいです。それでも、中国チームが攻め込まれる状況になると、声援も小さくなります。緩衝地帯の武装警察の皆さんは、始めのうちはかなり声援を抑えていました。スタジアム全体が真っ赤に染まる中、五星旗を持ち込んでいないので、その空間だけモノクロ・サイレント映画のようです。
ゲームが始まって5分も経たないうちに、中国人サポータが私たちの第1ブロックの通路をぞろぞろと列をなして上っていきます。最後部から10列ほど空いていた席に座り始めました。それでも、私たち日本人グループの後方3~4列ほどは、誰も座らない緩衝地帯が形成されています。

てっきり、武装警察グループが私たちの後方も取り囲んでくれているんだ、と思っていました。でも中国側が攻勢に出ると、私たちの後ろの声援がひときわ高くなるのです。人数的には第2ブロックの武装警察グループが圧倒的に多いはずなのに、後ろからの声援が異常に大きい感じです。

前半15分頃でしょうか、福西が最初のゴールを決めました。スタジアムには、ブーイングと言うより、「うぅ、うぅ」といううなり声が響き渡ります。第1ブロックの前から3分の2ほどの日本人サポータは、飛び跳ねたり、ハイタッチで喜びを分かち合っています。と、後ろのほうから新聞紙やらチラシやら紙切れやらが降ってきます!私たちの後ろに陣取っていた人たちが、明らかに私たち目掛けて投げ下ろしたものです。私が見た限り、ビンなどやカンなど危険なものは降り注いできませんでしたが、日本の3点目のときには、ファストフードの紙製トレイに飲みかけの紙コップコーラが差し込まれたまま、上のほうから投げ込まれました。これは子供連れで応援に来ていた日本人家族の小学生くらいの女の子の足元をかすりました。私たちの後ろの列に陣取っているのは、私たちを守ってくれる人たちではない、ということがハッキリしました。
私たちは、後ろの席から、何か投げ込まれるのではないか、という恐怖を感じながら、応援することになってしまったのです。

後で分かったことですが、第1ブロックに途中から入場して、私たちの後部に陣取った人たちは、チケットを持っているにも拘わらず、警備ブロックや日本人ブロックが設定されたことで、自分の席がなくなってしまった人たちの一部だったそうです。しかも、そうした人の中でも、公安や政府関係に「顔の効く」人たちだけが、何とか第1ブロックに潜り込むことができたらしく、元々第1ブロックや第2ブロックの座席指定チケットを持っていた人たちの多くは、スタジアムに入ることすら許されなかったとのことです。

それにしても、せっかく武装警察の緩衝地帯まで設置して、日本人保護を目指したのに、その日本人保護区に、それもモノを投げる気になれば狙いやすい上部の席に、偉い人のコネだから断れなかったにせよ、中国人サポータを入れてしまったのでは、私たち日本人を第1ブロックにまとめさせた意味が無くなってしまいました。
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by pandanokuni | 2004-11-23 15:10 | [検証]アジアカップ決勝戦
日本で扱いの小さい潜水艦領海侵犯、中国で扱いの小さい靖国参拝批判(改)
サンティアゴで開催された日中首脳会談についてのレポートをNHKのニュース22で見ました。胡錦濤首席が靖国神社参拝を批判した、という内容を中心にかなり長い時間をかけてレポートしていました。ところが、驚くことに、先日の中国原子力潜水艦による日本の領海侵犯について、このこの会談で取り上げられたかどうかも含めて、一言も触れられませんでした。
私は北京に住んでいるので、日本の民放がどのように報道しているのかはわかりません。ただ、日本の新聞社系ニュースサイトも、いまのところこの会談に関して、胡主席の靖国批判発言をのみ取り上げていて、領海侵犯事件がどのように取り上げられたかを大きく報道していません読売オンラインは見出しに「原潜領海侵犯、再発防止を要請」と、日本首脳が一方的に要請したことのみ書かれていますが、産経ウェブは潜水艦事件について、中見出しに「領海侵犯謝罪せず」と入れて、ほぼ2行触れている程度です。毎日は小泉首相が「日中関係を考え、領海侵犯事件についてあまり深く追求しなかった」と触れています。

ここまでの日本の報道は、靖国参拝問題が主テーマで、中国側が一方的に攻めまくり、日本側は守り一辺倒だった、という基調です。まるで、領海侵犯事件など無かったかのような報道になってしまっています。たとえ、首脳会談でほとんど言及されなかったとしても、「小泉首相、領海侵犯問題に言及せず」とか「中国側、領海侵犯事件を黙殺」とかという見出しが、一つくらいあっても良さそうなものです。何か意図的なモノを感じているのは私だけでしょうか....

一方、中国のメディアは、先ほどまでこの会談を報道していませんでしたが、11月22日21:50(現地時間)、新華社通信のウェブサイトが両首脳がにこやかに握手する写真入りでこのニュース(中国語)をアップしました。「靖国」の文字が見出しに躍るのかと思いきや、本文に2箇所遠慮深くあるのみです。胡錦濤主席の発言を引用する形で、日中関係を重視することを述べた後、その関係を困難にしている問題として日本の指導者の靖国参拝がある、と。また、小泉首相の発言として、靖国神社問題を十分理解している、と。記事全体としては、「両国のリーダーがこの二国間の関係をたいへん大事に思っていることを確認しあった」と、中国の報道にしては和やかな感じのものです。もちろん、新華社の報道には潜水艦の「セ」の字も出てきませんが....
面白いことに、朝日新聞のウェブサイトに11月22日19:50(日本時間)アップされた「靖国参拝・原潜問題で応酬 日中首脳、チリで会談」と題する記事ですが、見出しには「原潜問題」が大きく打ち出されていますが、本文の内容が、この新華社ウェブサイトの記述にとても似ているのです。新華社が触れていない領海侵犯と油田開発の件が、それぞれほぼ1行で記載されている点を除くと。

さて、この状況を都合よく解釈すると、中国政府は靖国参拝問題で言うべきことはしっかり小泉さんに言いながら、中国国内で反日感情がこれ以上広がらないように自制した、と言うことになるのではないでしょうか。そして、もしかしたら、小泉さんも領海侵犯問題で言うべきことはしっかり中国側に言って、もしかしたら、胡錦濤主席も何か謝罪めいた言葉を残しつつも、このことが中国国内で反日感情を高める元になるから、と言うことで、もしかしたら、日本でこの件に関する報道は差し控えるように、内々の同意があったのではないでしょうか....
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by pandanokuni | 2004-11-22 23:19 | 政治ネタ
89年初夏、私のビジネス・パートナーは天安門広場に居ました。
潜水艦事件の話題から、中国の報道管制、反日教育と柄でもなく硬い話題に突入してしまったこのブログですが、私の最も身近な中国人の一人であるビジネス上のパートナーの話題を介して、中国人民の中ではごく少数のインテリ富裕層について述べてみたいと思います。b0047829_19434166.jpg

彼は1968年生まれ。1989年4月には北京大学の政治学科3年生でした。北京大学は日本の東大のようなもので、地方出身者はこの頃の受験制度では相当優秀でないと入学できなかったようです。彼も中国東北地区の地方都市出身です。その頃の胡耀邦は既に失脚していたとは言え、同学内では人気アイドルのような存在だったそうです。胡氏の訃報とそれに対する政府の対応への不満が重なり、北京の各大学の大学生が次々と行動を起こすことになります。その年の4月下旬、最初の集会が天安門広場で行われたとき、彼も率先して参加しました。すぐ後で学生たちの指導力無き指導者となり亡命したC.L.女史は既に同学を離れていたそうですが、私のパートナーは彼女と以前から面識があり、学生・市民集会が肥大化する前には一緒に話し合ったりもしたそうです。

学生たちが天安門広場に集まり出してから2~3週間は、浮き浮きワクワクの毎日だったそうです。彼は広場には居座らずに、大学と学内の寮と広場を往復しながら、横断幕や宣伝ビラの作成の手伝いをしていました。「きっと中国が変わっていく!良くなっていく!」彼もその頃の彼の仲間も皆そうした想いで、続々と地方から応援に駆けつける学生や市民を迎え入れたそうです。その時点で彼の頭の中にあったのは「数的有利性」だったそうです。多くの人民の支持を獲得できれば、自分たちが漠然と考えている「良い方向」に中国が進んでいくことになるだろう、そしてどんどん仲間が増えていく....

ところが5月も半ばに入ると、彼の希望は不安に変わっていったそうです。天安門広場に集まった人民が肥大化しすぎて、コントロールが効かなくなりはじめたから、だそうです。始めのうちは北京の大学生中心だった参加者も、地方の大学生、そして北京市民、地方の労働者と、どんどん増えていき、政府に対して整然と「民主化」を訴える状況では無くなってきたのです。大学や労働組合単位で動員される参加者は、「文化大革命」の頃体制側が行ったことと大きな違いがなくなって感じがし、またコントロールが効かなくなった群衆はきっと「力」で抑えるしか無くなるだろう、これは天安門広場の指導者が行うのか、その北西に対峙する中国政府が行うのか、どちらが行うにしても「権力の行使」が必要になる、とパートナーの彼は考え始めたそうです。彼はひとり北京を離れることを決意したそうです。この頃には離脱する北京の学生がかなりいたそうです。彼の仲間も何人かは離脱を決めたそうですが、離脱した仲間同士で固まることはできないような雰囲気だったそうです。北京に留まるのも出身地に帰省するのも気が引けた彼は、かつてから行ってみたかった西安に向けて列車に乗ったそうです。古都を旅した彼が北京に戻ったのは、あの事件が発生して1ヶ月ほど過ぎてからだったそうです。

彼は北京大学を卒業し、外資系企業に就職し、日系企業へと転職し、いまは年商3億RMB(約40億円)のサービス業の会社の最高責任者となり、日本で買うと1,000万円はくだらない高級ドイツ車を乗り回しています。私のビジネス・パートナーであり、私には有益な理性的アドバイスをしてくれます。
私が尋ねれば、彼は89年初夏のことを積極的に何でも話してくれます。ただ彼自身のあの運動自体に対する総括は「まったく無意味」。中国の知的階層が「民主化」を諦め現体制を容認するエポックにはなったけど....と言います。

13億の人民を有する中国を統治することは並大抵のことではないのでしょう。「数的優位性」はコントロールができなければ不利に転じてしまう....学生を中心とした数万人の群集すらコントロールするためにも「強権」が必要なんだ...まして、13億もの烏合の民(失礼!?)を国家としてまとめていくには、他に良い方法が無いだろう、と彼は言います。現体制を容認する、とは決して言いませんが....彼には共産党幹部候補生や共産党青年団の知り合いがたくさん居ます。ビジネスの上でも大切な人脈なのです。彼も彼の知り合いの現体制幹部も日本のことを結構良く知っています。いまの中国で一般的に流布されている日本に関する情報や報道のすべてが正しくは無いことも、中国では公式に報道されていない事件や話題も。
中国の多くのインテリ層(四年制大学卒以上としておきましょう)や富裕層は、中国の公式報道以外の情報をさまざまな手段で入手し、或いは確認することができる状態だと考えてよろしいでしょう。彼らの多くは、反日教育やプロパガンダをまっとうに受け入れたりはしていないと思います(領土問題の活動家もインテリらしいですが)。かと言って、89年初夏のできごとを経験している年齢層は、日々の暮らしとお金儲けが大事でしょうから、現体制に対抗するのはお利口なことではないはずです。
でも、中国13億の人民の大多数は、中国の公式報道以外に情報源を持たない人たちなのです....
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by pandanokuni | 2004-11-22 15:44 | 政治ネタ
潜水艦が日本領海を侵犯したことなど知らない中国の一般人民
中国の潜水艦領海侵犯事件に関して、手厳しいコメントの連続ですが、私が「盲目的な親中派」でないことはご理解いただきたいと思います....

これまで繰り返されてきた「土下座友好」、その「日中友好」の名の元で行われてきたリターンを顧みない対中投資、感謝されるどころか減らそうとすると脅迫のネタにされてしまう巨額の対中ODA....日本の政治家や一部の経済界がこれまでに行ってきたこうした施策は、政府間の関係をより良くするにも、日中間のビジネスを両者にとってより良い状態にさせるにも、両国の国民の間のわだかまりを小さくするにも、決して効果的な方法では無いと思うのです。

中国政府も本気で日本に喧嘩を売るようなことは考えていないはずです。ただ、現体制には日本を敵視することで人民の支持を維持できる、という大きなジレンマがあります。
共産党独裁政権の正当化の理由の一つに「抗日解放戦線」での活躍があるからです。中国では小学生のときに「共産党がなければ、新中国もありません」という文脈の中で、南京大虐殺を惨たらしい描写により学ばせています。日本の過去の過ちを日本の「過去」の過ちを永続的に追及することこそ、13億の民を「愛国心」という大儀でまとめるため、共産党独裁政権が取ってきた方針です。
これが江沢民がリーダーになったあたりから、「過去」の過ちを現代の日本を結びつけた批難が強まったのです....

こうした状況下での犠牲者は、人民だと思います。
私たち日本人や海外に住む中国人が、日本の外交や中国政府の態度に苛立ちを覚えたり、歯軋りしたりすることができるのは、判断できる情報を得られる環境にいるからです。でも多くの中国人民が知り得る情報は、中国政府によってコントロールされています。
新華社のウェブサイトは潜水艦領海侵犯事件について、04年11月19日10:00現在、一言も掲載していません。外務省の章報道官の定例会見のページでも、この事件に絡む発言は削除されています。中国で一般人民がよく閲読する新聞は各地域で発行される夕刊地方紙ですが、国際ニュースに関しては、ほとんど新華社報道を引用しています。ですから、多くの一般的な中国人民はこの事件を知らないままです。
私が知る限り、唯一11月18日付「中国青年報」の「日本の対中外交は本末転倒」と題する石洪涛の署名入り論評(中国語版ウェブサイト)の中で、「そのうえ、日本政府は原子力潜水艦の領海侵犯問題まで持ち込んでいる」と一行だけ触れていますが、記事全体が日本の外交姿勢を批難したものですし、潜水艦事件の事実関係を知らない読者が読んでも何のことだかわからない文脈です。

同様なことが日本人にも当てはまらないわけではありません。日本のマスコミも一部の中国しか伝えられないからです。某公共放送のように、日中間の懸案事項など存在しないが如く、民族闘争の舞台となっている地域を美化して番組にしたり、うまく行っていない企業が大半の中国ビジネスを絶好調の如く報道する...或いは某民間放送のように、すべての中国人民が日の丸に火をつけたが如く、反中感情を煽るような報道をする....当然、中国よりははるかにバランスが取れていて、情報量も多い日本の中国報道ではありますが、それでも実態にそぐわないような取り上げられ方はたくさんあると感じています。

平和主義者の私個人として、「歩み寄り」がイケないことだと思っていません。お互いに国内で抱える問題はたくさんあるのでしょうが、中国と比べて柔軟な対応が可能な環境にある日本のほうが歩み寄るほうが現実的だと思います。ただそれは、いままで繰り返してきた「弱腰外交」でも日本側が一方的に膝を折ることで維持できた「日中友好」でも無いことは確かです。そして、強者と弱者の関係としてどちらかの国民に意識付けられてしまうような「歩み寄り」でもイケないとハズです。

私のような、中国に居るフツーの日本人としてできることは、身近な中国人にいまの日本、いまの日本人をできる限り知ってもらうことでしょう。軍刀を振りかざし中国人の生首を曝している日本人だけが、日本人では無いということ。そして、日本の報道だけでは伝わり切れていない、中国の事情を、細々ととは言え、日本の方にレポートすること....そんなことなのかも知れません。

このブログは、そうしたギャップを少しでも埋められたら、という気持ちで立ち上げました。当然、私個人のフィルターが通ってしまうでしょうが、他にもこうしたサイトがたくさんあります。少なくとも私たち日本人は、様々な中国に関する記事や論評にほぼ自由にアクセスできますし、自由に発言できるわけです。
日中関係正常化のため、もっと大きなことを言ってしまえば、中国の人民を共産党政権の呪縛から解放するために、熱い議論を戦わせていくことができれば、うれしいことだと思います。
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by pandanokuni | 2004-11-19 14:28 | 政治ネタ
大衆文化の交流こそ重要だと思うのです....
北京の天橋劇場でボニージャックスのコンサートがありました。対外友好協会が主催したこのコンサートは、一般の北京市民には事前にはほとんど知られることがなかったのですが、主催者側の「動員」による40代~60代のおじさん、おばさんと一部日本からのツアー客ででほぼ満席でした。b0047829_121550.jpg
ボニージャックスが歌った日本の歌は、「いい日旅立ち」を代表とする20年~30年前の流行歌が中心です。主催者側の動員による観客は恐らく知日派が多いとは言え、日本の懐メロが演奏されるたびに、皆知った曲という感じで、口ずさむ人もいて、拍手も一段と大きかったようです。

そもそも、一部の若い人たちを除く北京の一般の人民に、良く知っている日本の歌手や歌やドラマを尋ねると、「山口百恵」だったり、「北国の春」だったり、「おしん」だったりします。
85年に中国随一の全国ネットテレビ・中国中央電視台で「おしん」が放送されたときは、大人気だったそうです。山口百恵と三浦友和の「赤いシリーズ」も中国の多くのテレビ局のゴールデンタイムで放送されました。国産映画がイマイチだった80年代に上映された高倉健のアクション映画は、なぜか現在の20代の若者たちの間でも知名度抜群です。

ところが、90年代に入るとなぜか、日本のテレビドラマや映画や大衆音楽が、中国で大々的に紹介されることがなくなってしまったそうです。もちろん、酒井法子が出演したドラマや「東京ラブストリー」、「一つ屋根の下で」などをかなりの中国人が見ていたようですが、全国ネットのゴールデンタイムで放映されたのではなく、各地区のローカルテレビ局で放映されていたようで、80年代から比べると随分マイナーな扱いになってしまったのです。90年代の日本のアイドルについて言えば、例えばNYのヒップポップチャートをいちいちチェックするような日本の音楽マニアのような日本マニアの中国人で無い限り、北京ではなかなか受動的に接することができるようなものではなかったようです。

2000年代に入ると、日本のドラマや映画はますます地下に潜ってしまいます。「ロングバケーション」を見たという北京の若者は結構多いようですが、台湾から流れてくる海賊版のVCDやDVDで見たのであって、北京のテレビ局では放映されていなかったのです。いまの北京の若者にとって、日本の大衆文化に接することは、70年代の日本の若者がドアーズやザ・フーを愛でるくらいインディーズ路線なのです。

なぜ、テレビ番組や映画や歌やゲームやアニメのような日本の大衆文化が、90年代に入ると中国で紹介される機会が失われていったのでしょうか?
もちろん、中国の政策も関連しているでしょう。しかし、知的所有権の侵害を危惧する日本のエンタテイメント業界が消極路線に転じてしまったことが、大きな要因であると断言して良いでしょう。

もちろんビジネスの側面だけで考えれば、放映権料は安いし、スグにコピーされて海賊版にされるし、正規版CDは売れないしで、踏んだり蹴ったりでしょう。でも、このような大衆文化が、中国人民に今の日本を理解してもらう、そして日本をより身近に感じてもらうための優れたツールであることは確かです。韓国と日本の関係も先方の大衆文化開放によって、なんだか良くなった感じがしませんか。
多くの北京人は、いまだに高倉健と山口百恵が日本を代表するスターだと思っているのです。

こうした意味において、2002年に北京工人体育場を5万人の若者で埋め尽くしたGLAYや、2003年に露出量の圧倒的に大きい中国のソフトドリンクのCMに出演した浜崎あゆみは先駆者と言えるでしょう。前者は短期間ではあっても正規版CDを買ってもらうための仕組みを作りましたし、後者は採算を度外視して中国における日本のトップスターとしての存在感をアピールしたからです。
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by pandanokuni | 2004-11-18 01:03 | ひまネタ