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【書評】田原(Tian Yuan) 『水の彼方 ~Double Mono~ 』
田原(Tian Yuan)の『水の彼方 ~Double Mono~』は、私にとってはある意味で難解な作品でした。

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1985年生まれとは言え、16歳でHopscotch(跳房子)と言うバンドでデビューし、2年後には香港映画でメインキャストを演じ、著名な映画賞をも受賞した田原(Tian Yuan)を、「八〇后(中国の80年代生まれの若者)」の典型として語ることは無理があると思いますし、典型的な「八〇后」が田原(Tian Yuan)を支持しているか、というのも疑問です。

<女の子たちのおしゃべりの話題>といえば<テレビドラマ、新しいダイエット法、オープンしたばかりのレストラン、S.H.E.、心理テスト><男の子はもう少し単純で、バスケかサッカーかゲームのことだけ>。
『水の彼方 ~Double Mono~ 』の冒頭で語られる高校二年生の放課後の喧騒こそ、典型的なその時代の「八〇后」でしょう。
映画『タイタニック』のディカプリオとウィンスレットの真似をして、船先に立ち手を広げセリーヌ・ディオンの『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』を歌うのも、私がイメージする典型的な「八〇后」です。「ニルヴァーナ」や岩井俊二の映画『スワロウテイル』ですら、私の理解している「八〇后」のイメージからみると少し尖っています。

私に言わせれば、田原(Tian Yuan)は八〇后のサブカルチャーそのものです。

冒頭の引用されている清代の怪奇小説『聊斎志異』の中の短編『水莽草』は田原(Tian Yuan)自身が「日本語版あとがき」で述べているとおり、同世代人にとってポピュラーなものではありません。
ビートジェネレーションのユダヤ系アメリカ人作家・アレン・ギンズバーグの作品『リアリティ・サンドウィッチズ』にしても「八〇后」のバイブルとは言えないでしょう。出典を理解してからでは無いと読み進められないかも知れません。

作品を更に難解にしている要因は、青春(心境)小説と幻想小説とのボーダレスな交錯と、突然の白昼夢、それに伴う時制や人称の転換にあると思います。もちろんこうした手法により、主人公・陳言の内面をよりデリケートでリッチに表現することができたのだと思います。
泉京鹿さんが翻訳に取り組み始めて、2年近い歳月を経て、ようやく日本語版として完成させた苦労が分かる気持ちがします。

原題『双生水莽』の一部となっている<水莽草>。
主人公・陳言が日記に挟んでいる一本の根から二本の葉が伸びている水草が<双生水莽(双子の水莽草)>です。武漢市内を貫く長江(揚子江)の河岸の湿地で摘んだものなのです。
田原自身は日本語あとがきで、前述の怪奇小説『聊斎志異』の短編『水莽草』の物語を田原自身の青春時代と結び付けています。小説の中でも、主人公・陳言が<周波数>の合う仲間にお気に入りの物語として『水莽草』を語って聞かせたています。水莽草を食べて水莽鬼(亡霊)になり、好いてくれたオトコを身代わりにしてでも現実世界に帰るべきか葛藤しているのが陳言なのか、『水の彼方』を書いている田原自身なのか、こうした二重性が『水の彼方』の中で、作者・田原と主人公・陳言との関係をより複雑なものにしています。
幸いにも田原本人にこの件について尋ねる機会がありましたが、「この作品は私自身のイメージから飛び出した言葉の物語」だとお答えいただきました。短編『水莽草』の美少女水莽鬼(亡霊)三娘のように、小悪魔的で小悪女的だったのは、 『水の彼方 ~Double Mono~ 』を書いた時の田原自身だったのでしょう。

<水莽草>をはじめ、<(赤い)恐竜の泡><象魚(ピラルクー)><月の中の小人>などのファンタジックな比喩的象徴が、『水の彼方』の文学性を強くするとともに、難解にもさせています。
こうしたメタファーは、作品に詩的な生臭さ(泉さんは訳者あとがきで<生物学的匂い>と述べています)を醸し出させ、作者のセクシャリティ(女性性)をいっそう強く引き出しています。
いっぽうで、主人公・陳言の従兄弟との初恋のエピソードは、まるで綿矢りさの『蹴りたい背中』のように甘酸っぱい思春期小説風でもあり、舞台が北京に移ってから結末までの展開はスピーディかつ残酷で、ゴダールの『気狂いピエロ』を彷彿させてくれたりと、作者・田原或いは主人公・陳言の複数のパーソナリティが一つの小説に封じ込められている感じがします。

『水の彼方』は、田原自身の<周波数>にシンクロした<重力ポテンシャルエネルギー>によって自動記述された、幻想的青春小説と言えるでしょう。
1950年代アメリカの若者がサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(『水の彼方』では主人公・陳言自身中学2年生のときに読んでいる)を愛読し、大人の世界を自分自身の価値観で拒み通そうとする主人公の少年に共感したように、また村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が1970年代の日本のサブカルチャーから若者の普遍的な虚脱感(村上は中国語版の解説で<近代化の達成という大目標を成し遂げた後に残る「喪失感」と述べている>を書き記したように、『水の彼方 ~Double Mono~』は生活も風景も価値観も目まぐるしく変わる現代の中国を舞台に大人になる一歩手前の少女のモラトリアム体験を幻想的に描いたものだ、と私は勝手に解釈しています。

第二次大戦後栄華を尽くした1950年代のアメリカ、GMのシボレー、ライ麦畑。高度経済成長期の日本、学生運動、オイルショック、限りなく透明に近いブルー。
そして、21世紀初頭の中国。WTO加盟、富裕層の拡大、GMもTOYOTAも中国頼り。そうした中、次代を先んじて捉えているように行動しているように見えても、実は置いてけぼりにされている、若者のこころの内側。
『水の彼方 ~Double Mono~』は、若者のこころの中に突如現われる空隙を満たす液体の如く、世界中の若者に読み継がれていくことでしょう。新世紀エヴァンゲリオンのLC.Lみたいに、血生臭くけれと心地良く。

田原が音楽活動を本格的に再開するとのことで、たいへん楽しみにしています。
『水の彼方 ~Double Mono~』の主人公・陳言と同様、ニルヴァーナが大好きだったという田原ですが、最近はまさに八〇后世代に人気のミュージシャン羽泉や李宇春を手掛ける音楽プロデューサー張亜東と組んで音作りをしているようです。張亜東作曲による『50 Seconds From Now』は、ヴェルベット・アンダーグラウンドのニコを彷彿させるアンニュイなヴォーカルで、冒頭に述べた八〇后サブカルチャー路線を証明してくれた感じです。
田原は、私が大好きなテレビヴィジョンも大好きだそうで、『50 Seconds From Now』の歌詞やヴォーカルは詩人ギタリスト・トム・ヴァーレインの影響も伺われます。
この秋にはアルバムが完成するとのことで、こちらのほうも大きな話題になって欲しいと願っています。

■関連リンク■
田原ブログ(新浪博客)
八〇后(中国新人類・八〇后(バーリンホゥ)が日本経済の救世主になる! (洋泉社Biz)=次代高消費層として捉えている点では普遍的な八〇后を確認できると思います
水莽草(青空文庫・田中貢太郎訳)
アレン・ギンズバーグ(ウィキペディア)
スワロウテイル [DVD](goo映画)
気狂いピエロ [DVD]ウィキペディア
限りなく透明に近いブルー(ウィキペディア)
新世紀エヴァンゲリオンのLC.L(ウィキペディア)
張亜東(C-POP)
『50 Seconds From Now』音楽ファイル直接リンク)
ニコ(ウィキペディア)
テレビヴィジョン(ウィキペディア)
トム・ヴァーレイン(ウィキペディア)
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by pandanokuni | 2009-07-31 22:03 | その他
ケロロ軍曹と自虐史観的北京生活
b0047829_1795632.gif最近では珍しく、100話突破という快挙を果たしたテレビアニメ『ケロロ軍曹』を見ていると、自分とケロロ軍曹が似たような境遇に思えることがあります。
ケロロ軍曹は銀河のかなたケロン星から"侵略"のためにペコポン(地球)にやってきたのですが、いろんな事情で本隊からペコポンに取り残されてしまい、居候として身を置くことになった日向家の人たちの暖かい心遣いに包まれ、何となくまわりのペコポン(地球)人に気を遣いながら暮らしているのです。とは言え、遠く彼方の"本隊"からは"侵略"をいつも急き立てられ、尚且つ"侵略予算"など"本隊"からの充分なサポートも期待できるわけではなく、プレッシャーに負けそうになりながらも、間が抜けた侵略作戦を遂行していくのですが、日向家の長男冬樹くんの「軍曹、僕たち、ともだちだよね。」という決め言葉によって、侵略行動はいつも頓挫し、ペコポン(地球)人との友好と交流に勤しんでしまう、と言うお話です。

日本の会社の駐在員として北京にやってきている私は、何となく"本隊"から取り残されているという孤立感をかられることがあります。本社からは"任務"の遂行を求められているわけですが、時にはこちらの事情を無視した理不尽な"任務"もあるわけです。中国の状況については、こちらに長く住んでいても理解できないことだってありますから、日本の上司には一晩かけてお話しようが、数百ページのレポートを提出しようが、私自身が把握している範囲の状況すら、うまく理解してもらえないのです。
それなのに、この国の事情をあまり考慮せずに"任務"の遂行を強いてくるケースが多いのです。まして、こちらが必要と思うサポートも満足には得られていません....。
その一方で、こちらの人たちはそんな私の立場に同情的だったりします。日本の事情が分からないからなせる業なのかもしれませんが、本社の無理難題に対して、"理不尽だ"などと慰めてくれる幹部社員がいてくれたりします。

日本に居ると、中国は"とんでもない国"だ、中国人はとんでもない奴だ、みたいな論調をよく目にしますが、私が直接見聞きする限り中国はそれほど"とんでもない国"には思えませんし、私の周りの中国人もそれほど"とんでもない奴"ばかりが多いようには思えないのです。もちろん、日本を含めてどんな国にも"とんでもないこと"はあるはずですし、"とんでもない"人だっていますから、中国にだってそういうこと(人)は当然のことのようにある(いる)のも事実です。
ただ、時として遠き日本の人たちより、ここ北京の人たちのほうが、優しく暖かく感じられることすらあるのも事実です。

そんな自分は時々、戦後日本の自虐史観に支配されながら、ここ北京で暮らしているのかも、と疑わしく思えることがあります。例えば:
  • タクシーの運ちゃんに「あんたどこの人?」と聞かれると、日本人とは答えずに、「南の方の人」と答えてしまう自分。

  • 日本人の前で「中国人」のことを「中国人」と言わず、「中国の人」とか「中国の方」とか「こちらのローカル」などと言ってしまう自分。

  • こちらの女の子が「過去のこと」と言った途端、文脈に関わらず「ドゥエブチィ」(ごめんなさい)と言ってしまう自分。

  • ローカルな食堂のご主人に「お前、韓国人かい?」と言われても、敢えて否定せず「アニョハセヨ」などと調子づいてしまう自分。

  • 大相撲最終日のNHKのテレビ中継を見ていて「君が代」が流れはじめると、何となくボリュームを絞ってしまう自分。

  • カラオケで「我愛北京天安門」を元気に歌ってしまう自分。

誤解を受けないように申し加えますと、私は"知り合いの中国人"から吹っかけられた議論に関しては、小泉さんのことも、教科書のことも、靖国神社のことも、20世紀前半の戦争のことも、逃げることなく自分の意見を述べるようにしていますし、彼らの理不尽な意見に迎合したり妥協するつもりはありません。
でも、日常生活の中で"知り合いとは言えない無い中国人"には、何気に日本人であることを隠したり、"過去"の話題を避けようとしたりしているみたいなのです。なんだかペコポン(地球)人から身を隠すことのできるアンチバリアを展開して"隠密行動"しているケロロ軍曹たちみたいであります(ちなみに、ケロロ軍曹たちは"ボケがえる"みたいな風貌の宇宙人なので、地球人に見つかると解剖されたり標本にされたりするのではと怖れているようです)。

「この国では日本人であることが不利に機能する」という意識が心の奥にあるからでしょう。
それは、この10年の"愛国教育"により中国人の"反日感情"が高まりを見せている中で、日本人として面倒なことにはできるだけ関わらないようにしよう、という消極的な対処療法であるだけではなく、<日本という国家が過去の一時期においてこの国の人々に多大な迷惑をかけたし、未だに充分な償いをしていない>というようないわゆる"自虐史観"が心の奥で作用していることも否定できません。
私自身いわゆる"自虐史観"で物事を語られる人たちには批判的であるはずなのですが、ここ中国で暮らしていると"周辺環境"が"目に見えないプレッシャー"になって意識に働きかけているのでしょう。

b0047829_17102864.gifこれはもはや思想や信念などではなく、ごく簡単に言ってしまえば<周りの人に嫌われたくない>という感情なのかもしれません。もはやケロロ軍曹というより『新世紀エヴァンゲリオン』碇シンジの胸中ですね。.

ちっぽけな私人としての私は、知らず知らずのうちに、遠く祖国の同胞より身近な人たちとの関係、道理より感情が先んじてしまうように、なってしまったようです。でも国家の指導者の方々には、感情や利権に捉われることなく、お互いの国益を最大限引き出せるような、道理を重んじた外交を展開して欲しいと願っております。
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by pandanokuni | 2006-03-29 18:00 | その他
衛慧『ブッダと結婚』--中国人と日本人の恋愛物語 in ニューヨーク。
文革を知らない世代の中国文学を世界に伝播した女性作家・衛慧(Wei Hui)の『ブッダと結婚』。日本語版を翻訳された泉京鹿さんから直々にいただいた単行本をようやく読み終えました。

この小説は、主にニューヨーク・シティを舞台にした、中国人女性作家ココと日本人アドマン(?)Mujuの恋愛物語、と言うことができるでしょう。前世紀末に発表され物議をかもした『上海ベイビー』の続編と言う位置づけで、主人公ココと作者衛慧(Wei Hui)を重ね合わせて読むことを強いられるくらいの私小説として世には通っています。

両作品を通して、主人公ココは奔放な女性として作家衛慧(Wei Hui)とともにこの国では非難されることが多かったようです。現に『上海ベイビー』はポルノ小説として中国では発禁処分を受けました(実際のところ、読みたいと思えば海賊版やネット上でいくらでも読むことはできるのですが)。更に作家衛慧(Wei Hui)に対しては、その文学的才能を賞賛する意見よりも、自身の性的プライバシーをビジネス化しといる批判が多く、権威ある文壇からは煙たがられ、当局からは"西洋文化の奴隷"と非難されたそうです。こうした中国での"評判"こそが、この作家と作品を世界へと推し出した要因であることも否定はできませんが....
そこでまず考えてみたのが、主人公ココ=衛慧(Wei Hui)と敢えて捉えてみたとき、彼女が奔放で秩序を乱すような人物であるのかどうか、です。

タイトルからも推測できちゃうのですが、衛慧(Wei Hui)には中国では一般的ではない仏教系信仰を背景にした考え方があります。彼女は少女期の3年間を仏教寺院で過ごしたそうです。この多感な時期に僧侶と交流して得たことが、彼女の人生の根底を貫いているように思えます。小説『ブッダと結婚』の主人公ココは浙江省普陀山の寺院で生まれました。作家衛慧(Wei Hui)のブログのタイトルは「私の禅」(我的禅)です。『我的禅』は『ブッダと結婚』を中国国内で公開するためのタイトルでもあるのですが、このブログには普陀山のお寺の僧侶と散歩する実に穏やかな衛慧(Wei Hui)の写真がアップされています。

私には一時期のジョン・レノンが仏教に傾倒した"雰囲気"とは違って、衛慧(Wei Hui)の根本に仏教的思想が根付いているように思えるのです。私は仏教に詳しいわけではないので、、もっと具体化してしまうなら「無常観」と「輪廻転生」です(これって仏教的思想で当たってますよね!?)。前者が生きているうちのことで、後者が死後のことだと乱暴に分けてしまえば、主人公ココの生き方は常に「無常観」に支配されていて、作家衛慧(Wei Hui)の文学的表現にはいたるところに「輪廻転生」が散りばめられているように思えてきます。

<時の無情な流れとともに、あらゆるモノは変化していく。受け容れ難いことでも呑み込んで前に進んでいく必要がある。無常の時空こそ、唯一自分の味方なのだ。"Time is on my side !">主人公ココの生き方は、決して自分勝手でハチャメチャで恣意的なのではなく、こうした「無常観」によってコントロールされているように、私には思えます。
一方の「輪廻転生」は、作家衛慧(Wei Hui)が描く都市や自然や動物や風景や食器や料理やプレゼンやト、そして主人公ココの周りの友人や親戚などの人物描写など様々なところに分散しているように思えます。きっと若いので自分自身の死後の世界までを意識していないのかもしれませんが、彼女の描く様々なモノや人物は前世あっての意味ある存在であるように思えるのです。

こうした主人公ココ或いは作家衛慧(Wei Hui)の前に現れたのが、中国伝統の古い修行法(老子の道徳経)やメディテーションを実践している日本人アドマンだったのです。
この小説は、典型的な中国人女性と日本人男性の恋愛物語として読んでも楽しいので、次はこの点をみてみます。

主人公ココと日本人アドマンMujuとの恋物語には、中国人女性と恋をした多くの日本人男性が共感するエピソードがたくさん盛り込まれています。
耐え切れなくなったときの日本人男性の言葉:「君は料理が好きじゃない、安易にものを投げ捨てる、叫び声をあげる......」「意識していないのかもしれないけど、君の振る舞いにはいつも何の必要もない傲慢さがあらわれているよ」「君はほんとうにお姫様だね!」
多くの日本人男性は中国人女性と親密になればなるほど、相手のことを”甘やかされた扱いにくい女”とか"お姫様"とか思ってしまうのではないでしょうか。これは主人公ココに限ったことではないのです。

一方、多くの中国人女性にとって、彼女と真面目に恋している日本人男性は誠実で理性的あると思われます。安易にものを投げたり、大声でわめいたりせず、冷静で合理的にモノゴトに対処します:Mujuは静かに道理に基づいて争う方法を教えてくれた。
ただ、日本人男性にとっては生活の中の無用なトラブルを避けるがための、ある意味で合理的な誠実さこそが、時には相手を傷つけるものらしいのです:ただMujuは誠実すぎるだけなのだ。彼は嘘をつく時間も気力も使いたくないだけで、嘘をつくことによって生活を意味のない複雑なものにしたくないだけなのだ。

中国人女性が捉えた"日本人の男女観"。(1)女は男より遅く起きてはいけない。(2)女は男を厨房に入らせてはいけない。(3)女は男みたいに乱暴に話したりしてはいけない。(4)女は素っ裸で五分以上部屋をうろうろしてはいけない、たとえセックスの後であっても。
ちょっとコンサバ過ぎるかもしれないけど、私には納得できちゃう部分もあります。
主人公ココと日本人アドマンMujuとのいざこざの原因が、互いのパーソナリティにではなく、文化の違いに拠ることころのほうが大きいように、私には思えました。似たようなエピソードによって、破局を迎えた中国人女性と日本人男性のカップルは意外と多いと思います。蛇足ながら、日本人が捉える中国人女性のイメージが、"熱湯ぶっかけ"とか"インスリン注射"などに偏らないように、秘かに願っているところです。

最後は、上海・ニューヨークを中心とした「都市論」として、捉えてみたいと思います。
私は北京に住んでおりますが、出張などで上海に行くたびにこう思います:野心いっぱいに、ハイスピードで、クレイジーに、資本主義の路線を突っ走っている。これが上海。なんだってアリだ。やってくるものは早い、去っていくのも早いかもしれない。経済がヒートして、がやがやと騒がしい。上海をベースにして生きている彼女もそう思っちゃうのですね。そして、上海に感じる匂いと湿気と艶やかさ:上海は、だんだんニューヨークのようになってきてはいるものの、永遠にニューヨークにはならない。少なくとも上海の空気は永遠にあんなふうにしっとりと、雨上がりの花園か、そうでなければ風呂上りの女を思わせるにおいをしている。

そうした上海っ子にもコンプレックスはあるようです。だからこそ、主人公ココ=作家衛慧(Wei Hui)は:世界で最も資本主義化した一番クールな都市-ニューヨークにやってきたのです。そのニューヨークでは:「ファッションがちょっとおしゃれなアジア人は、絶対に日本からきているはずで、中国からきたんじゃないだろうってことになるよのね」
しかも、どんなにハイスピードでクレージーで資本主義路線を突っ走っている上海人であっても、"あこがれ"のニューヨークや東京やパリに簡単にたどり着くことはできないのです:中国のパスポートは、つねに他の国からビザを拒否されてしまう保証書のようなものだ。中国の若者のライフスタイルは、もはやアメリカや日本の若者とほとんど変わらない。けれと、彼らの夢と現実は衝突する。どこかへ行きたいと思い立っても、ビザの心配をすることなしに、チケットを手に入れるだけですぐにパリや東京やニューヨークに行くことはできない。どんなにたくさん身体にピアスの穴を開けたって、ちっともクールじゃない。
世界一国際化しつつある上海人の自虐的告白は、中国の大衆文化(ポップ・カルチャー)の脆い現実を語っています。

作家衛慧(Wei Hui)の仏教的思想を背景にした生き方に関しては、この国では例外的と言えるかもしれません。でも『ブッダと結婚』は、中国人と日本人の恋愛物語としてスナオに楽しめますし、いまの中国の尖がったお金持ち若者の実態をステキに描いていますから、中国嫌いの日本の若い方々にお勧めの一冊ではあります。しかも、さりげなく放置しておくと知的なインテリアになりそうな天野喜孝さんデザインのカバー付きです。

ブッダと結婚
引用はすべて、講談社:衛慧『ブッダと結婚』泉京鹿訳より
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by pandanokuni | 2006-03-20 22:43 | その他
ちょっと"愛人"のところに、お世話になることにします....
この「ぺきん日記」を始めたのは、2004年10月のことでした。中国の北京に赴任して、丸七年を迎えようとしていた頃で、北京が仮の住まいとは思えない状態になってしまったので、ここは一つ北京のおもしろネタなどを日記風にブログで公開してみようか、などという想いで始めました。

海外赴任・海外生活となると、そのものが日常とはかけ離れたもののように思われる方もいらっしゃると思いますが、足掛け十年、この北京でもうすぐ八年もそうした環境にあると、もうホントに日常生活そのものになってしまい、日本で暮らしていたら感動するであろうことも、驚くことも、不思議に思うことも、ゲロを吐きそうなことも、フツーに思えてくるものです。
そんなことではいけないと、ここでは当たり前の日々から、小さな感動や驚きや不思議のタネを切り取って、大袈裟にブログで公開することにしたわけです。

ところが、いま中国はいろんな意味で日本人に注目されているようで、ご覧になってくださる方もどんどん増え、仕事や遊びで多忙なときなどは、エントリーが滞るのが申し訳無いような、プレッシャーに曝されたこともありました。
4月9日に発生した北京での反日デモの様子をエントリーしてからは、特にアクセスが増え、ご覧になっていただいている方から貴重なご意見もたくさんいただき、何だか盛り上がってきました。
ところが、中国で反日運動が盛り上がりを見せていた4月下旬のある日、この「ぺきん日記」を置いてあるエキサイト・ブログは中国からアクセスできなくなってしまいました。

この国には世界に誇るインターネット検閲システムがあって、海外のニュース・サイトなど様々なサイトが突然アクセスできなくなったりするので、これもある意味"日常"の一つなのですが、ここ北京からですと特殊な方法を取らない限り更新もママなりません。
それでも、いずれアク禁が解除になると秘かな期待を持っていたのですが、1ヶ月以上たってもアクセスできないままです(インターネットの接続方法によっては、中国からエキサイト・ブログにアクセスできるようですが)。Yahoo!のGeocitiesの中の古くからあるサイトも中国からはアクセスできないままです。ニュース・サイトの場合は、対象となった記事がトップ・ページから外れる数日くらいでだいたい回復するものなのですが、エキサイト・ブログの場合、この国の検閲担当者がアク禁したことを忘れてほったらかしにしたままなのでしょう。
「ぺきん日記」は日本にお住まいの方にもご愛顧いただいているのですが、中国にいらっしゃる日本人の方がなかなかご覧になれない状況にある、というのはちょっと不本意です。日本にいらっしゃる方からは、お叱りを受けそうな内容であっても、こちらに住んでらっしゃる日本人にはヤケに納得してもらえるネタも多いからです。

そんなわけで、この「ぺきん日記」も長い間お世話になったエキサイト・ブログを後にして、最近ネタ切れのLive Doorのほうにお世話になろうかな、と考えております。実は私、もう一つ、中国で実体験しているビジネス・ネタのブログもやっているので、エキサイト・ブログとLive Doorの両方でこの「ぺきん日記」を続けていくのは困難だなぁと思っていますが、当面は双方に同じ内容の記事をエントリーしていきたいと考えております。
"お引越し"というよりは、"二重生活”という感じでしょうか。どっちが"奥さん"かと言われれば、このエキサイト・ブログであるわけで、その奥さんが別のオトコを作ってしまい、私自身はなかなかお家に戻れない、と言う状態になってしまい、そんな可愛そうな私の面倒を見てくれるヒトが居てくれたので、暫らくそちらにお世話になる、と言う感じでしょうか。いつか暖かい家庭に戻れることを信じて...でも新生活のほうが心地よくなるかもしれないなぁ。

ま、ちょっと"愛人"のところにお世話になります、と言う感じですが、そちらのほうもどうかよろしくお願いします!!

ぺきん日記-中国/北京より- (live door版) http://blog.livedoor.jp/gucci_bj/
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by pandanokuni | 2005-05-31 23:22 | その他
オーストラリアからのレターに少し感動~駐車違反取り消しの通知~
北京生活も8年目に突入すると、日記に書きたくなるようなエピソードも少なくなっていきます。たぶん、北京初心者の方には感動の毎日でも、古株気味の私にとっては日常的なできごとに思えてしまうのでしょう。
北京生活に直接関係ないのですが、きょうは久々に"感動"したことがありました。なんだか久しぶりにエントリーしちゃいたい気分になりました。

仕事を終えてマンションのメール・ボックスをのぞくと、1通の封書の郵便物が入っていました。白い封筒には、"New South Wales Wales Government"と印刷されています。私はこの郵便物の差出人にちょっと心当たりがあって、「あぁ、面倒なことになるなぁ」と思いながら、自室に向かいました。b0047829_053851.jpg

2月上旬の春節の休暇に、私はシドニーに行きました。北京に来る前に赴任していた都市でもあり、私が北京でお仕事をご一緒したクライアント(というより、もう寧ろ友人)が転勤して行った都市でもあり、ほぼ8年ぶりに行ってみる気がしたのです。とは言え、北京の仕事仲間との男二人旅。取り立てて行きたいところも無いわけで、日中はビーチでのんびりすることに決め込みました。北京から転勤して行った友人が、社用車を貸してくれると言うので(本人は自分のクルマで通勤)、平日丸4日間彼の会社の社用車を乗り回して、いろんなビーチに行くことができました。

マンリーというビーチでクルマを停めたときのことです。ビーチ沿いの道路にはパーキング・メーターが設置されていて、平日と言うこともあり、空きスペースも多かったので、そこにクルマを置くことにしました。120分の制限付きでしたが、ビーチすぐのところなので、いざとなったらクルマを移し替えてコインを追加すればいいだろうと思って、少し歩く駐車場にクルマを入れるのをためらったのです。
クルマをしっかり枠内に停め、パーキング・メーターにコインを入れるとステッカーが出てきます。このステッカーをフロントガラスの内側に貼っておけば、120分間駐車違反にはなりません。私と北京の日本人仕事仲間は、とりあえずクルマを停めてブランチに行きました。
小一時間で食事を終え、ビーチで使う荷物を取りにクルマに戻ると、フロントガラスに駐車違反のキップが挟み込まれていました。「あっ、しまった。」と思いました。私はパーキング・ステッカーをフロントガラスに掲示せず、そのままポケットに入れてクルマを離れてしまったのでした。シドニーの元住人として何たる不覚かと思いつつ、コインも入れたし駐車時間内に戻ったわけだから、このキップを切ったポリスを探せば何とかなると思いました。幸いキップを切られた時刻はほんの5分ほど前。きっと近くにポリスがいるはず、と思い、クルマを運転してビーチ沿いの道路を探し始めました。
程なく、いかにもオージー体格の中年おっさんとアジア系のカワイめの女性のペアのポリスが、のんびりとパーキング・メーターのチェックをしているのを発見。さっそく事情を説明しました。
中年のおっさんポリスはスグに事情を理解してくれましたが、一度切ったキップはキャンセルできないとのこと。事情を書いて、罰金の小切手を郵送する封筒(駐車違反のキップに付いている)に入れて、"Hunter Region"(取締りセンター)に送ってくれ、そうすればペナルティーはキャンセルされるはずだ、と言うのです。私はなんとかこの場でキャンセルして欲しかったのですが、おっさんポリスは「自分の権限ではできない」と言います。そして、カワイめポリスが"Sorry about that"と付け加えたので、もうそこは引き下がることにしました。

罰金は70AU$(日本円で5,500円ほど)ですし、1週間以内であればWeb上でクレジットカード払いもできちゃうので、素直に払っても良かったのですが、クルマの貸主も「どうせ社用車だから」とおっしゃるし、ペアのポリスがキャンセルされるはずだ、と言ってくれたので、払わないでみよう、と思いました。
夜ホテル便箋に事情説明をしたためました。「私は日本人の旅行者です。友人のクルマを借りて、マンリーのパーキング・メーターに駐車しました。ステッカーを掲示し忘れたので、すぐに戻ると既に駐車違反のキップが切られていました。近くに居たポリスに事情を説明すると、取締りセンターに事情説明のレターを送れば、ペナルティーはキャンセルされると言われましたので、ぜひキャンセルしてください。なおクルマは友人の社用車で迷惑をかけたくないので、罰金を払う必要がある場合は、私宛てに再度通告してください。私は中国の北京に住んでいます。」そして、住所やメールアドレスなどを書き記して、ペナルティー・チェック(小切手)送付用の封筒に入れ、ホテルのコンシェルジュにポスティングをお願いしました。

次の日、クルマを貸してくれた友人に、「もし会社宛にペナルティー・ノーティスが来てしまったら教えてよ。私がちゃんと払うから。」と言うと、「70AU$どうやって精算すんの?送金手数料のほうが高くつくし面倒じゃん。そんな心配だったら、払っていけばぁ。」と言います。私としては友人に迷惑がかからないようにと願いつつ、ペア・ポリスの言葉を信じようと思い、ペナルティーを払わないまま北京に戻ってきてしまいました。

それから1ヶ月以上過ぎ、シドニーの友人からもペナルティーの督促が来たという知らせも無かったので、このことはすっかり忘れきっていました。そこにその"New South Wales Government"の名入りの封書です。すっかり、罰金の支払督促が北京まで追いかけてきたのかと思いました。どうやって、オーストラリアに海外送金するんだろう、面倒なことになったなぁ、と思いつつ、恐る恐る封筒を開けました。

シドニーのあるニュー・サウス・ウェールズ州政府違法行為取締センターのディレクター名でタイプ打ちされたレターには、次のように書いてありました。
「pandanokuni様。交通違反番号762XXX57に関してのお知らせです。事情を考慮し、このペナルティーをキャンセルさせていただくことになりました。貴殿は罰金を払う必要がありません。この件に関してご迷惑をお掛けしましたことを、お詫び申しあげます。」
シンプルながらも心温まる通知。FAX番号もメールアドレスも知らせておいたのに、わざわざ郵便物で北京まで伝えてくれたのです。しかも、文末には"We apologise for"ですよ!!
日本人旅行者だから、という配慮もあったのかもしれませんが、ペナルティーのキャンセルをわざわざ北京までレターを使って知らせてくれる、しかも謝罪付きで!!

ここ中国の公安はもちろんのこと、日本の警察にもこんなことはできないんじゃないかなぁ、と久々に感動してしまいました。
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by pandanokuni | 2005-03-15 00:07 | その他
北京より、ことしもよろしくお願いします。
b0047829_1754914.jpg2週間ほど、インターネットも電話も電気も通らないような環境におりましたもので、ブログのエントリーができませんでした。
この間の世の中の出来事も何も知らないままでしたが、特に大きな不便も感じず、ようやく北京に戻ることができました。幸いにも、インドネシア大津波の直後に親族・知人に消息確認をしてから、出かけましたから、外務省発表の「連絡が取れない邦人」の数に私自身が入ることはありませんでした。

ことしは、プーチンさんが言い出した「反ファシズム勝利60周年」にあたる年でして、これにかこつけて中国でもあぁこぅ盛り上がってしまうような予感がするのですが、みんなで仲良くして欲しいものです。

北京のリズムが取り戻せたら、こちらの話題をどんどんエントリーしていきますので、ことしもよろしくお願いします。
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by pandanokuni | 2005-01-10 16:59 | その他
HAPPY CHRISTMAS!
そう、みなさん、クリスマスです。b0047829_17423766.gif

気弱な人も強がりの人も、
お金持ちもそうでない人も、
言葉の壁もや肌の色の違いも越えて、
みんな仲良くしましょう。

世界は誤った方向に進んでいるけど、
もうすぐ新しい年がやってきます。
争いごとは止めにしましょう。

もし、みんなが望むなら、
争いごとは無くなるはずです。

(original by John and Yoko / Keith Haring)





中国の都市生活者はクリスマスが大好きなようです。恋人同士はイブの夜を楽しみにしています。レストランやお店の入口にはサンタの顔が貼り付けられ、クリスマスツリーが用意されています。
こうしたクリスマスの飾り付けは、クリスマスが過ぎても、春節(中国のお正月・旧正月)までそのままにされていることが多いのです。イブを盛大にお祝いして、25日のクリスマス本番の日には気早く片付けてしまう日本とは大違いです。でも、日本ではクリスマスの後で、まったく別のコンセプトによる正月の飾り付けがありますから。
アメリカでも、ニューイヤーのカウントダウンまでは、クリスマスの雰囲気が残っていますから、中国のお正月までクリスマス飾りが残っているのも、良しとしましょう....
ケータイの着ベルに一年中「ジングルベル」を使ってる人には、ちょっと閉口しますが。
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by pandanokuni | 2004-12-23 17:50 | その他
濃霧により北京首都空港閉鎖!!
b0047829_02594.jpg今朝の北京は視界50m未満の濃霧に包まれていました。私は日本出張のため、8:30のフライトで成田に向かう予定でした。北京首都空港は、少なくとも成田空港よりはアクセスが便利です。タクシーかクルマかリムジンバスを使うことになります。空港から市内まで、タクシーを利用しても1,000円以内です。
6時30分にマンションを出ると7時には空港に着きました。途中濃霧でクルマがノロノロ運転になったので、果たして飛行機が飛べるものだろうか、と心配はしていました。案の定、「濃霧のため滑走路が閉鎖されており、出発の見込みはたっていない」とのアナウンス。結局、離陸したのは3時間遅れの11:30でした。

北京から日本に出張する際、こちらを朝出発するフライトが増えて、たいへん便利になりました。8時台の飛行機に乗ると、12時台に成田に着きます。成田から都内へのアクセスは、他の国の首都と比較するととても不便なのですが、都心で15時からのミーティングには間に合います。翌日、成田を朝10時台に出発するフライトに乗ると、午後2時くらいから北京でフツーに働くことができます。これが、現時点では最短の日本出張コースでしょう。
あいにく今回は、都内15時からのミーティングには間に合いませんでした。

そういえば、10月9日夕方のフライトで成田から北京に戻るときにも、ディレイに遭遇してしまいました。台風22号の接近はニュースで知っていましたが、どうしてもその日のうちに北京に戻る必要があったのです。17:25発のANAの便は、チェックインの時点で条件付になっていました。不安げに待っていると、17:00以降発のJAL便がすべてキャンセルとアナウンスがありました。今日は無理か、と半分諦めかけていましたが、ANA便のほうは搭乗時間が30分毎に変更されていきますが、キャンセルのアナウンスはありません。その頃、台風22号は勢力を弱めながらもちょうど成田のあたりを通過していたようです。19:30に搭乗が案内されました。そして、2時間30分遅れで、無事北京行きは離陸しました。
これはツイている、と思いました。JAL便だったら北京到着は次の日になっていました。b0047829_0293883.jpg

もう6~7年前のことですが、上海虹橋空港をお昼の12時に出発予定の飛行機を利用して、北京に着いたのが翌日の朝4時、ということがありました。北京が大雪だった日です。上海では定時にボーディングが始まりましたが、なかなか離陸せず、機内で2時間ほど待たされた挙句、ターミナルまで戻されて、再び搭乗の案内があり、また機内で待たされ、の繰り返しで、上海を離陸したのが深夜の1時過ぎでした。そして何とか北京空港に到着したのですが、ブリッジに横付けされなかったので、ターミナルまでのコーチ(バス)を待つことになるのですが、これがなかなかやって来ないのです。結局、北京に着いてからも機内で1時間程待たされました。定刻の14時間遅れの到着、ということになりましたが、この間の食事と飲み物だけは、意外とキチンと提供されました。

中国の国内線はかなりのフリークエント・フライアーになっちゃいましたが、幸いなことに未だ人身事故には遭っていません。ツイているのか、ツイていないのか....
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by pandanokuni | 2004-12-02 00:26 | その他
だったら、あなたが北京に来てやってみてください!
私は日本の会社から出向で中国の現地法人の責任者を勤めています。ですから、現地法人では会社の責任者の立場ですが、日本の会社では一社員ですから上司がいます。

上司は普段は日本にいます。中国担当の部門ですけど、中国に来るのは平均して月1回くらいです。ビジネスクラスに乗って飛んできます。
北京首都空港には、現地法人から必ずクルマでお迎えにあがります。私は出張から北京に戻ると、タクシー乗り場に駆け足で向かいます。運転手さんに行き先を告げると、「5時間待ったのに、そんな近場か」とチェと舌鼓を打たれて、50元で済むはずなのに100元とかボッタくられて、料金交渉で喧嘩している日々を送っているのにです。
ホテルはもちろん五つ星です。私が国内出張の地方都市で300元の宿泊費でも高いな、と思っているのに、上司は1,200元(約1万5,000円)の五つ星ホテルにもかかわらず、北京の物価はさすがに安いとか思っているのです。
私と一緒の食事は当然中華です。部下の私は毎日中華料理を食べていて、お昼も社員食堂の8元の中華料理。たまに奮発して、日本料理の夕食を取っても、生ビールを数杯飲んで200元(約2,600円)のお勘定が来ると、高いと思っていちいち伝票をチェックするのに、北京に来て上海蟹を食べたいとか、焼き餃子と杏仁豆腐を食べたいとか日本の上司はおっしゃいます。せめて、上司なら部下が毎日脂っこい中華料理を食べていることに同情し、会社経費でも構わないから、せめて松伸(なだ万に次ぎ、北京では本格的な日本料理を食べさせてくれるお店)あたりで、ふんだんに日本料理をご馳走してくれてもいいと思うわけですが....

当然、仕事の話になると、なぜこれがうまく行ってないのか、とか、これではダメだ、とか、こうしなければうまく行かない、とか、さんざん文句をお付けになるわけです。
こっちは、北京にダテに7年居て仕事しているわけじゃないのです。少なくとも、この上司様よりは北京の事情を知っていて、できる限りのことを尽くしているのです。
五つ星ホテルの中華レストランで上海蟹込み一人1,000元(約1万3,000円)のディナーを食べて、さすがに北京は物価が安い、と言う感覚の上司に、中国のマーケットが把握できるとは思えないのです。こちらは一日の生活費を30元(約400円)程度に抑え、北京の一般的な生活者の暮らしに近づこうと努力しているのに(それでも現地の方には贅沢だ、と思われていますが)。

中国でモノを売る商売をしている日系企業は、日本に居て遠隔操作で何とかなると思っている人たちの意見に耳を傾けてはイケないのです。NHKの中国特集などを見た程度で、中国はこうなんだ、なんて思われてはたまったものではありません。ローカルピープルにはまだ遠いかもしれませんが、少なくとも中国に居る私たちは、出張でたまにいらっしゃる日本の本社の上司よりも、まだこちらのマーケットが見えているはずです。それなのに、こんな私たちに文句をつける---君は中国のマーケットを理解しているのか----。
こんな時は、大きな声で叫ぶしかありません:

「だったら、あなたが北京に来てやってみてください!」

と。
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by pandanokuni | 2004-11-10 03:38 | その他