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『798 北京大山子芸術村』、光と影。

b0047829_18301321.jpg北京市街地の北東に『798 北京大山子芸術村』があります。
電子部品などを生産していた『798工場』が衰退してしまい、使われなくなった建物をアーティストに貸し出し、アトリエやギャラリーとして利用されるようになったのです。倉庫跡から発生したニューヨークのSOHOにたとえて、"北京版SOHO"などと持ち上げる人たちもいます(例の"加藤千秋さんによる2003年10月の朝日新聞の記事=asahi.com”)。確かに、中国のアヴァンギャルド系の著名アーティストのにアトリエやギャラリーの多くは『大山子芸術村』にありますし、イタリア、ロシア、フランス、日本などの大手ギャラリーも出店し、高くて広い空間を利用したアトリエでは、世界中のアーティストのパフォーマンスやオブジェ系エキジビジョンが楽しめます。毎年4月から5月にかけて、"798 International Art Festival"が開催されるようになり、海外のアーティスト、画商、メディアなどからも注目されるようになりました。中国を代表する"芸術村"とも言えるでしょう。

ちなみに、中国の社会や文化を国外に向けて積極的に宣伝することがミッションである中国国際放送局(China Radio International)の日本語HPでは、次のように紹介されています:
『大山子芸術村』は、倒産した工場の跡にできたのです。工場の建物はアパートには生かせないことから、ずっと放置されていました。しかし天井まで7メートルの高さや広い窓は、絵画や彫刻の製作には打って付けの理想的な場所です。家賃が安い上、広い工場の敷地だったことで、前衛的な作品を制作するアーチストを引き付け、中国や外国からの画商にも注目されるようになりました。また、アバンギャルドのファッションショーや展示会も行われているので、好奇心に誘われてやって来る北京市民も少なくありません。無名の画家や彫刻家として、物価の高い北京で生活するのは、大変だと思うが、そこの住民の1人は、「ここで一つのアイディアが浮かんでくると、いろいろな面から刺激も集まってくる。これに促されて、現実の成果が生まれてくるのだ。しかし、よその町にいれば、せっかくのアイディアも、いい結果を出せず、最後は跡形もなく消えてしまう」と、『芸術村』での生活を話しています。

この紹介を読むと、798工場跡地の『芸術村』は、無名で貧乏なアーティストの卵を育てるインキュベーターであるかのようです。もちろん、工場の一区切りを安い家賃で間借りして、黙々と創作に打ち込むアーティストもいます。しかし、日本人を含む北京在住の多くの外国人にとって『798 大山子芸術村』は、アーティストの孵化装置と言うよりはエンタテインメント・ゾーンとしてのイメージのほうが強いのではないでしょうか。798工場跡地には、いまやアトリエやギャラリーと同じくらいの数のカフェやバーやレストランやディスコやブティックがひしめき合ってます。4年前と比べると家賃は一ケタ近く上昇してしまったそうです。つまり、無名ながらも才能のあるアーティストが低家賃で創作の場を求めるような環境では無くなってしまったのです。
芸術村が生み出すのは、何も作品としてのアートだけではありません。ニューヨークのSOHOがそうであったように、音楽やダンスなどのPOP Cultureが生み出され、世界に向けて発信されることは、ごく当然の流れとも言えるでしょう。低家賃の倉庫や工場の跡地に無名のアーティストが集ってきて『村』ができ、次第に集客力を増すようになると、より大衆的でより商業的な文化も生み出され、そのエリアの価値が高まっていきます。ビジネスが活性化すればするほど、無名の貧乏アーティストには手の届かないエリアになってしまいます。


b0047829_18312057.jpg2006年2月11日に中国中央電視台(CCTV)ニュースチャンネルで『見失われた798』というドキュメンタリー番組が放映されました(リンクページより番組そのものを視ることが可能です)。


フランス帰りで画家でもあり『798 大山子芸術村』にギャラリーも経営する赫光( Hao Guang)さん、江西省の芸術学院を卒業し赫光さんのギャラリーでアシスタントとして働く肖涛(Xiao Tao)さん、そして甘粛省の田舎から出てきて赫光さんのギャラリーで住み込みの家政婦をしている18歳の女の子・韓雪(Han Xue)さん。番組ではこの三人を4ヶ月以上に渡って取材しています。

赫光さんは突出した才能をもったアーティストでは無さそうで、彼自身のHP上のプロフィールには受賞歴が一つも記載されていません。ドキュメンタリーの中でナレーターは「ギャラリーをオープンして1年、彼の作品はまだ1枚も売れていない。」と紹介しています。彼はギャラリーでパーティを開催したり、外国アーティストの個展などに貸し出したりして、派手な生活を送っています。パーティーでは一人80RMBのチケットを売り、ギャラリーを貸し出す際には作品売価の最低30%を"ピンハネ"する、やり手の"ビジネスマン"として描かれています。

肖涛さんはまさに"アーティストの卵"。地方の美大を卒業後、憧れの『798 大山子芸術村』のギャラリーでバイトしながら創作活動をしようと、夢と希望を託して上京したばかりの彼は、最初のインタビューに対して、「ここには自由がある。こういうライフスタイルに憧れていたんだ。798の中の人たちは自分の好きなことをしている。とてもいい。」と答えます。ところが赫光さんのギャラリーで働くうちに、創作意欲が失せていきます....。
そんな彼の心情を理解できたのは、住み込み家政婦の韓雪さんでした。彼女はパジャマのままキッチンで洗い物をして、"フランス帰り"の赫光さんから「パブリックな空間でパジャマ姿はダメなんだ、わかるかぁ。」とこっ酷く怒られてしまいます。「私には何も無い。卑屈過ぎかも知れないけど、私は醜いし....だからカメラを向けないで」と手で顔を覆う韓雪さん。
彼女と肖涛さんは、赫光さんが居ないのを見計らって、ギャラリーに併設されたバーで、やけ酒をあおります。彼女が「お金が稼げない自分が世界で最も惨めな人間だ」とこぼすと、肖涛さんは「不満は誰にもあるさ。ボクも赫光先生や他のアーティストみたいになれたらと思うけど....。」と慰めます。「キミはまだ18歳。人生80年だから、まだ4分の1だよ....。」
憧れていた『798 大山子芸術村』が、かつて自分が描いていたイメージと違うことに気づき始めた肖涛さんと"可哀相な"18歳の家政婦さんは、「幸せ」とか「お金」が何たるものなのか、語り合ったりするようになります。

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そんなある日、赫光さんが企画する『千年楊柳青』("楊柳青"は伝統画で有名な天津地域の地名)展覧会のオープニング・パーティーが盛大に行われました。赫光さんのギャラリーには不動産ディベロッパーの広告が掲げられています。
スポンサーである不動産ディベロッパーの後ろ盾のよって、オープニングのパーティは華やかなものでしたが、『798 大山子芸術村』を拠点とするアーティストはたった一人しか出席しませんでした。彼は記者のインタビューに答えます:「彼(赫光さん)は不動産ディベロッパーを転がして稼いでいるだけだよ。楊柳青文化のためなんかじゃない。アートのために他人の力を借りたり、ビジネスに便乗しようて、ホント気の毒に思うよ。本当の文化なんて何も育っていない....。」「経済成長は文化の成長に欠かせないものだけど、経済だけが成長して、文化が衰退していくようじゃ、お仕舞いだね。

春節(旧正月)間近のある日、肖涛さんは江西省の実家に帰ることにしました。また北京に戻ってくるかは決めていないそうです。「ぜんぶで6作品。1作品あたり1,000枚印刷して、私のサインを入れる。それで3万RMB。この会社はなかなか儲かる...。」という赫光さんの言葉で、ドキュメンタリーは終わります。


長い紹介になりましたが、もう一点だけ付け加えたいと思います。
798工場はいまも細々と操業を続けています。BMWの新車発表会が行われているギャラリーの隣の建物では、数ヶ月間も給料が未払いのまま働いている工場労働者がいるのです。こうした労働者の声もこのドキュメンタリーは拾っています。
赫光さん「アメリカ人は、798があるから、北京が世界で最も魅力的な都市だと言っているんだよ。」
工場労働者「798が有名になるのは悪くない。けどオレには何の関係も無いよ。げいじゅつなんてわからないからなぁ。皆それぞれさ。オレは息子をどうやって育てていくか、そっちのほうが大事だ。」


b0047829_18314210.jpg赫光さんのギャラリーの前には、ウォールアートとともに「CCTVニュースチャンネルの番組『見失われた798』が我々にとって虚実の報道をしたことに抗議する」と言う文字が踊っています。ギャラリーの中には「事実に反した歪曲報道だ」と言う内容の抗議文も掲げられています。でも、その横で抗議文をプリントしたTシャツが1枚50RMBで売りに出されているのを見ると、"虚実の報道"とは言えないようにも思えてしまいます。

写真(上から):(a)工場空間を利用した絵画の展示 (b)CCTV『見失われた798』 (c)赫光さんのギャラリー前のウォールアート (d)CCTV番組への抗議メッセージ
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by pandanokuni | 2006-05-15 18:35 | 社会ネタ
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